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国立能楽堂

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令和3(2021)年版国立能楽堂カレンダー(壁掛け型)をご購入のみなさまへ

 この度は国立能楽堂カレンダー(壁掛け型)をご購入いただき、誠にありがとうございます。

 こちらはカレンダーをご購入されたみなさまへ向けた情報ページです。

 令和3年の国立能楽堂主催公演についての情報を随時お知らせして参ります!

 

 


 


【カレンダー掲載演目のご紹介】


 今回のカレンダーは、令和元年6月から令和2年2月までに上演された主催公演の中から、選りすぐりの舞台写真を掲載しています。
 各月の公演演目のあらすじを改めてご紹介いたします。ご覧になった公演を、カレンダーの舞台写真と共にぜひ振り返ってみてください♪

表紙「西王母」(令和2年1月4日定例公演)

舞台は中国。周の皇帝の前に若い女が現れます。三千年に一度だけ実を結ぶ桃が咲いたので、皇帝に贈りたいと言います。その桃は、仙女・西王母の園になる不老長寿の妙薬で、女は西王母の化身だったのです。やがて西王母が真の姿となってふたたび姿を現して、数々の捧げ物とともに仙桃を皇帝に献上し、寿ぎの舞を舞うのでした。

1月「望月 古式」(令和元年10月25日企画公演)

信濃国(長野県)の主君・安田荘司友治が討たれ、家臣の小沢刑部友房は近江国(滋賀県)守山の宿の亭主に身をやつしています。その宿に、主君の妻と遺児の花若が、さらに主君を討った望月秋長の一行が、偶然にも泊り合わせます。友房は、芸人になりすまして望月を討つ計略を立てます。母子と友房は、謡や八撥、豪壮な獅子舞などの芸を披露して、酔ってまどろんだ望月を見事討ち取り、本懐を遂げたのでした。

2月「恋重荷」(令和元年12月4日定例公演)

白河の院に仕える菊づくりの老人が、庭から垣間見た女御に心を奪われます。それを知った侍臣は老人を呼び出して「この重荷を持って庭をまわれば、女御が姿を見せる」と言います。喜んだ老人は重荷を持ちあげようとしますが、びくとも動きません。身分違いの老いらくの恋を嗤われた老人は嘆き、悶死してしまいます。 その死を知った女御は老人を憐みますが、恨みで鬼となった老人の亡霊が現れ、女御を激しく責め立てます。しかし、やがて恨みの心を和らげて、女御の守護神となることを誓い消えて行きます。

3月「彦市ばなし」(令和2年1月24日狂言の会)

嘘つき名人の彦市は、天狗の子から隠れ蓑をだまし取ります。そして、殿さまからは「河童を釣ってみせるから」と鯨肉と天狗の面をせしめました。だまされたと気づいて、天狗の子が取り戻しにきたら天狗の面をつけて脅して追い払い、親天狗が怒ってやってきたら鯨肉を出して謝ろう、という算段です。計画はうまく運ぶかに思えたのですが…。  劇作家・木下順二が、熊本の昔話をもとに書いた民話劇を、狂言にした作品。一九五五年の初演以来、繰り返し上演されている新作狂言です。

4月「吉野琴」(令和元年12月25日企画公演)

花が盛りの吉野山を訪れた紀貫之の前に、琴を抱いた里の女が現れ、その昔、月の夜に浄見原(天武)天皇が琴を奏でると、天女が舞い降りて袖を翻して舞ったという五節の舞の起源を語ります。そして、実は自分こそがその天女だと打ち明け、貫之に琴を与えて姿を消します。  夜になり、貫之が琴を弾じると、その音色の懐かしさにひかれて先ほどの天女が本来の姿となって現れ天女の舞を舞い、ふたたび天へと昇っていくのでした。世阿弥の息子・元雅の作を、京都観世会による「復曲試演の会」で五百数十年ぶりに復活、平成26年に上演された作品です。

5月「放下僧」(令和元年11月29日企画公演)

父の敵を討つため放下僧(僧形の芸能者)に身をやつした兄弟。禅を愛好する敵・利根信俊のもとに向かったふたりは、芸能の数々を見せて相手を油断させ、本懐を遂げるのでした。

6月「橋弁慶 替装束・扇之型」(令和元年12月20日定例公演)

五条天神に丑の刻詣を続ける武蔵坊弁慶のもとに、近頃、五条橋に、神業のような身軽さで通行人を斬ってまわる少年が夜な夜な出没しているという噂が伝わってきます。その不思議な少年は実は、父・源義朝亡き後、鞍馬山に預けられ、武芸の鍛錬に励んでいた牛若丸でした。  今夜も、相手を油断させるため女装した牛若丸は、橋の上で通行人を待ち受けています。そこに弁慶が現れ戦いとなります。豪勇で知られたさすがの弁慶も牛若丸の身軽さに翻弄されて、ついに弁慶は降参し、牛若と主従の契りを結ぶのでした。金剛流の小書「替装束」では、後場の弁慶が長霊癋見の面をかけて登場。「扇之型」により、牛若が弁慶に扇を投げつける型が加わります。

7月「夕顔 山ノ端之出・法味之伝」(令和元年7月17日定例公演)

五条あたりにやってきた旅の僧の前に里の女が現れます。ここが『源氏物語』に描かれた河原院の跡であることや、源氏との逢瀬で訪れた夕顔の上が物の怪に憑かれて命を落とした顛末を語ります。女が姿を消したあと、土地の者から、その女が夕顔の亡霊であろうと教えられて、僧は弔います。やがて、夕顔の上の亡霊が現れて、恋の妄執から救ってほしいと訴え、法華経の功徳で成仏できることを喜ぶのでした。小書の山ノ端之出により、通常は幕内から登場する前シテ(里の女)が、作リ物の中で「山の端の心もしらで行く月は…」と和歌を詠んで登場となります。

8月「咸陽宮」(令和元年10月18日定例公演)

秦の始皇帝が、敵対する燕国の地図と逆臣の首に賞金をかけるお触れを出しました。この機会を利用して逆に始皇帝を討とうと、燕国の刺客・荊軻(けいか)と秦舞陽(しんぶよう)が始皇帝の居城である咸陽宮にやってきます。荊軻が首の箱を、秦舞陽が地図の箱を奉りますが、始皇帝は箱の底に隠された剣の光に気づきます。逃げようとしたところをふたりに捕らえられ、末期の思い出に花陽夫人(かようぶにん)の琴を聞きたいと乞います。そうして夫人の琴の音の素晴らしさに誰もが気を緩めた隙を狙って、始皇帝は逆襲に打って出、刺客たちを捕らえ八つ裂きにしたのでした。

9月「卒都婆小町」(令和元年9月28日特別公演)

高野山の僧が都に向かう途中、百歳の乞食のような老女に出会います。老女が卒都婆に腰かけているのを僧が咎めると、老女は驚くほどの仏法の知識と理論をもって僧を論破します。僧に問われ、自らを小野小町のなれの果てと名乗った老女は、落魄した今の境涯を嘆き、にわかに狂乱の体となります。かつて小町に懸想して百夜通いの末に命を落とした深草少将の霊がとり憑いたのです。やがて憑依から覚めた小町は、後世を願って仏の道に帰依することを心に決めるのでした。

10月「野宮」(令和元年11月6日定例公演)

秋深まる九月七日、夕暮れ時の嵯峨野。斎宮となる皇女が精進潔斎のためにこもった仮宮(野宮)の旧跡を、旅の僧が訪れます。そこに里の女が現れ、昔日、光源氏がここに六条御息所を訪ねてきたことを語り、今日がその日だと言います。女は往時の様子や御息所の胸中を語り、実は自身が御息所の亡霊だと明かして消えていきます。夜が更け、弔う僧の前に、ふたたび現れた御息所の亡霊は、心に負った傷を抱えながら、懐旧の舞を舞い、やがてまた何処ともなく去っていくのでした。

11月「法師ヶ母」(令和2年1月24日狂言の会)

酩酊して帰宅した夫は、妻の迎え方が気に食わないと悪態をついて、妻を追い出してしまいます。翌朝、酔いがさめた夫は事の重大さに大慌て。狂乱の態で妻を探し回るのですが…。

12月「葛城 大和舞」(令和元年12月14日普及公演)

修行のため葛城山にやってきた山伏の一行。大雪にみまわれて難渋していると、里の女が現れて宿を貸そうと申し出ます。案内された庵で暖をとり、夜の勤行をはじめようとする山伏たちに、女は、実は自分は葛城の神であることを明かします。いにしえ、山に岩橋をかけるよう役行者に命じられたものの、自らの醜い容貌を恥じて夜にしか作業ができなかったため岩橋は完成せず、役行者の怒りを蒙り、いまも呪縛され苦しんでいることを語って、加持を頼んで姿を消します。 やがて葛城の神が姿を現して、神代の時代に行われた天岩戸の前での舞を再現し、姿を見られないうちにと、夜が明ける前にふたたび姿を消してしまうのでした。大和舞の小書により、舞が序ノ舞から神楽に変わります。

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