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第19回青翔会 出演者インタビュー (シテ方観世流 鵜澤光さん)

青翔会は、国立能楽堂研修生をはじめとする、若手能楽師の日ごろの研鑽の成果を発表する公演です。第19回青翔会が6月11日(火)に開催されます。
今回は、能「吉野天人」のシテを勤めるシテ方観世流の鵜澤光さんに、お話をうかがいました。

―お祖父様(シテ方観世流、故鵜澤雅師)とお母様(シテ方観世流、鵜澤久師)が能楽師でいらっしゃいますが、幼少のころから能楽師を志しておられたのですか?

 私は女性なので、「能楽師の家に生まれたから能楽師になれ」という言葉はあまり意味をなさないんです。母はそれが一番よく分かっていたので、「能楽師になれ」という風な言い方は一度もされたことはありません。ただ、将来私が本気で能楽師を志した時のために、稽古は続けてくれたんです。それは相当厳しい稽古でした。
 子方はかなりたくさんやらせていただきました。子方は能楽の立派な一役ですし、おシテの世界を壊すわけにはいかないので、稽古も特に厳しい。ですが、子方としてたくさんの経験を積ませてもらったと思います。子方時代は、男の子も女の子もあまり関係ないのですが、やはり小学校高学年くらいになると、自分の置かれている状況を理解してきます。
 女性が「能楽師になる」ためには相当な困難がある。それは母から散々聞かされてきましたし、自分でも感じつつあった。能は好きだけれども、そんな大きな苦労をしてでも能楽を私自身の問題として一生やり続けたいと思うかどうか。その覚悟があるか。そうやってずっと悩んでいた時期は、軽々しくも「能楽師になる」なんてとてもじゃないけど言えなかった。
 高校生の時に祖父が亡くなりまして、その頃くらいに藝大に行こうと決心したんです。ただ、大学に入ることは目標じゃなくて、入ってから、もっと言えば卒業してからどうするかが何より大切だと思っていて、囃子のお稽古を始め、母以外の先生にお稽古をしていただくようになりました。何かを学んでいれば、一歩ずつ前進しているという実感があり、「能楽師になる」ということが具体的に見えてきた気がしたんです。

―どうして藝大に進もうと思ったのですか?

 高校1年の時、当時藝大に通われていた広忠さん(大鼓方葛野流宗家、亀井広忠師)から、「藝大においでよ。すごいやつがいっぱいいるから、一緒にやろうよ」と言われたんです。それまで誰かに「一緒にやろう」なんて声をかけられたことなどなくて、まさかそう仰有ってくれる人がいるとは思いもよらなかった。それで、藝大に入って先輩たちに追いつこうと、一気に目標が定まった感じがしました。広忠さんの一言は本当に大きかったです。

―藝大時代はどんな学生だったのですか?

 大学時代は4年間猶予をいただいたという気持ちで、私は藝大にいる間は、学べることはとにかく学びたいと思い、シテ方としての稽古、お囃子の稽古は元より、観世流以外の公演も観に行ったり、狂言も受講して間狂言の勉強をしたりと、時間を自分のために贅沢に使わせてもらいました。
 英語や哲学などいわゆる必修科目ももちろんあるんですが、それらは2年までにみんな単位を取ってしまって、残りはひたすら能のお稽古でした。授業といっても、お稽古場が藝大にある、といった感じで、先生がいらっしゃる限りお稽古が続くので、普通の授業に出ている時間がもったいなくて。それでも、大学生活は1年の半分は休みのようなものなので、大学とは別にお囃子の先生のご自宅に通って稽古しました。
 それもこれもみんなから「大学の4年間しか時間が自由になる時はない」と言われていたからで、卒業して修業に入ってしまったら、もう自分の時間なんか取れない。覚えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないことが山ほどある。だから、今のうちやれることはみんなやりきっておかないとと思っていました。当時はできうる限りやったつもりですが、今となっては、それでもまだ足りなかった、もっとやっとけばよかったと思うことばかりです。

―大学を卒業されてからは、どうされたんですか?

 祖父も母も銕仙会に所属しておりましたが、現観世銕之丞先生が私をお引き受け下さり、内弟子に入りました。それから6年ほど書生としてつとめました。その頃はまだ観世栄夫先生もご存命で、銕之丞先生と栄夫先生、お二人の鞄持ちや公演のお世話をしました。さらに銕仙会としての仕事もありましたので、とにかく忙しいし、覚えなきゃいけないことがものすごく多いんです。それで急に自分の時間がゼロになってしまって、自分のことが何一つやれない! と。それまであまりにも自分のために時間を使いすぎていたので、時間の使い方が分からないんですね。私は不器用なので、何をするにも覚えるまで時間がかかるんです。
 いくらでもやりようはあるんです。他の人の稽古とか、先生や先輩の舞台を観ているときとか、仕事を効率的にこなして、一瞬の隙を見つけて、10分でも15分でも自分の稽古をする時間を作る。それが出来るようになるまでは本当につらかった。
 でもこの内弟子として過ごさせて頂いた時間は、私にとって本当に貴重な経験です。銕之丞先生は女性だからと特別扱いをすることもなく、舞台のことだけじゃなく、楽屋や地方など連れて行って下さいましたし、銕仙会の先輩方にも随分鍛えていただきました。もちろん最初からそうだったわけじゃありませんが、私も「どうして私じゃダメなんですか」と喰らいついていったように思います。今思うと相当カリカリしてたかもしれません。

―つらくて辞めようとは思わなかったんですか?

 内弟子がつらくて辞めようとは思ったことはありません。ただ、後輩の男の子が私より先に難なく役が付き始めた時、我慢できず大喧嘩したことはあります。でもそれが出来たのも、内弟子をして一緒にやっていたからこそですし、だからこそ私はどうしても内弟子修業したかったんです。
 とにかく少しでも男性と同じ条件で修業をしてみたかった。そうしたら一体どうなるんだろう。自分の人生を使って、実験をしているというような気持ちですかね。

―さて、今回シテをつとめる「吉野天人」について教えてください。

 「吉野天人」は、作者の観世小次郎信光が、後見をしていた年少の観世大夫のために書き下ろした作品と言われていて、極々シンプルで、三番目物の基本形のような作品ですね。筋立ても簡素で、強いドラマもありません。それだけに、基本に忠実に、きちんと綺麗に的確に舞う姿を見せたいですね。何の変哲もない舞を面白く見せなければいけないという難しさはあると思います。小手先が利かないから地力が試されるというか。

―最後に今後の抱負を聞かせてください。

 できる限り、遅れたくないんです。同世代の男性たちに。ペースを落としたくない。
 ただ、彼らと同じような曲ができるかと言えばそうじゃないことは分かっている。例えば「安宅」は難しいだろう。成り立たないものをやろうというんじゃないんです。でも、能楽師としては全部出来なきゃいけない。やらないから切り捨てようとは思わない。それは出来て当然なんです。
 ただ、持って生まれた性とやらも“個性”の一つと考えて、「できる、できない」じゃなく、「向き、不向き」くらいのバランスでやっていけたらなと思うんです。本当にこれは厄介な“個性”ではありますが、それを飲み込んでやるしかない。そのためには人とは違うアプローチが必要かもしれません。それを一生かけて構築していくのかな、と。そのために基礎スキルと知識は誰にも引けを取りたくない。だから、勉強するしかない。
 私には母という、親子というか、戦友というか、能の話を一番する同じ“個性“の人がいて、良い悪いの感覚も似ている。母の感じていること、私の感じたこと、そういったものをみんな合わせて、私自身に向いている道を、一生かけて模索していければと思います。

<プロフィール>
鵜澤光
観世流シテ方能楽師。1979年生まれ。演能団体銕仙会所属。1982年に仕舞「老松」で初舞台。1992年に能「猩々」で初シテ。東京芸術大学邦楽科能楽専攻卒業。祖父 故鵜澤雅、母 鵜澤久、九世観世銕之丞に師事。独立後「石橋」「乱」「道成寺」他多くの舞台を務める。銕仙会を中心に活動し、海外公演にも多数参加(アメリカ、カナダ、ノルウェー、ポーランド、オーストラリア、ブラジル、中国)一般、学校での講演、ワークショップなども積極的に手掛けるほか、趣味として能楽を学ぶ一般への稽古も行っている。
川崎市文化財団主催の夏休み能楽体験鑑賞教室講師。
2015年より洗足学園音楽大学非常勤講師。同大学音楽教育コースにて能楽を指導する。教育芸術社刊行の教科書「中学生の音楽2.3下巻」能楽実技指導DVDにも出演。
2017年より立教大学非常勤講師。
リンク : 能楽師 鵜澤久 (外部サイトへリンク)

能「吉野天人」

 供を連れて、吉野の山に花見に訪れた都人は、花を友として山深くに暮らしているという里の女と出会います。共に美しい吉野の花の景色を眺めていると、里の女は「自分は天人であり、夜になれば古の五節の舞を見せよう」といって去っていきます。
 夜になって現れた天人は、五節の舞(「中ノ舞」)を舞うのでした。
 五節の舞は、宮中の大嘗祭や新嘗祭で舞われるという舞。新しい御世を言祝ぐ、おめでたい作品です。

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