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国立文楽劇場

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研修修了者インタビュー 鶴澤燕二郎さん(令和4年12月掲載)

文楽研修はどんなところ? 今回は、第25期文楽研修修了者で三味線弾きの鶴澤燕二郎(えんじろう)さんにお話を伺いました。

燕二郎さん

◆いざ文楽研修へ
―文楽を最初に見たのはいつ頃でしたか?

中学生の時ですね。僕は広島出身なんですけど、父親に車で大阪まで連れてきてもらって、初めて文楽を見ました。父は東京に勤めていたことがあって、その時に文楽を面白そうだと思っていたんでしょうね。研修生に応募できる年齢が近づいて、「(文楽に)行かせてみようか」という風に考えたんだと思うんですよね。
僕は、将来のことは漠然としか考えていなかったんで、「とりあえず見てみようか」という感じでした。実際に見に行って、人形はそうでもなかったんですけど、太夫と三味線の方に何かちょっと惹かれるものがあったんでしょうね。何回か連れていってもらいました。
父と2人で見ているときに「研修生を募集してるぞ」って教えてもらって、確か、文楽劇場に電話したと思うんですよ。「興味があるんだったら見に来てください」と言われて、研修も何回か見に行きました。 三味線とか太夫とか、こういう仕事もある。研修制度もある。面白そうだと思いますよね。好奇心というか、とりあえず応募してみようって感じでした。

―研修の2年間、想像と違っていたことはありましたか?

あんまりなかったですね。夜の8~9時ぐらいまで劇場で稽古して、それから帰って。帰ったらすぐ寝ちゃうみたいな生活でした。
当時は、1コマ60~80分の研修が、1日に3~4コマ入っていたんですが、全部違う曲を教わるんです。最初は「義経千本桜」の道行、次は違う演目の道行で……。覚えようとすると、もう全然時間がないんですよね。覚えなきゃ怒られるし、本当にがむしゃらにやっていました。
研修期間中は、とにかく三味線に触っていようと思っていました。それだけでしたね、本当にそれだけでした。自習のために土日もずっと来ていたので、休む暇とかなかったような気がします。

燕二郎さん
©野口英一

◆三味線を弾くということ
―三味線はどんな稽古をするのでしょうか。聴いているだけでは弾けるようにならないですよね?

そうですね、楽譜があるわけではないですし。朱(※1)はありますけど、研修生の時は朱を見てもわからないですし。僕が入門した鶴澤燕三師匠の研修は、最初は師匠がご自分で1回弾いて、次は一緒に、最後は僕だけで弾くという研修でした。昔からある稽古方法なんですけど、まあ、弾けるわけがないですよね。でも、耳と目に焼きつけたものを、頭の中で「こうやってたな」とイメージしながら稽古していました。

今は自分で朱も読めますし、テープを聞いて「こう弾いているな」というのがわかりますけど、入門(※2)して3年ぐらいまでは、そういう稽古をしていただいていたと思います。師匠が舞台で弾いていらした曲の端場(※3)を、役がついていなくても、突然「さっきやってたやつ教えるから」と言われて。弟子入りした当時、師匠の配役は「心中天網島」の天満紙屋内より大和屋の段で、端場は野澤勝平兄さんが勤めていらしたのですが、師匠に2~3回弾いていただいただけでは覚えられなくて、めちゃくちゃ怒られましたね。
師匠が舞台で勤めている曲を、公演後に突然教えていただけることも結構あるんです。なので、師匠の曲も覚えなきゃいけない。師匠の手数で覚えなきゃいけないので、テープを聞くわけにもいかないし、朱はないですし、それでもとにかくやらなきゃいけないんで、師匠の舞台中に台本に朱を書いていました。で、公演が終わった翌日ぐらいに、「はい、やって」と。朱も台本も置けないし、1時間を超える曲を覚えなきゃいけないので、本当に必死でしたね。それが毎公演だったので、かなり勉強になりました。

(※1)朱(しゅ)…義太夫三味線のツボ(左手で糸を押さえる位置)を記したもの。記述できる要素が限定的であり、個人のメモの性格が強いため、テンポや強弱などのニュアンスは耳で覚え、稽古を通して身につけていく必要がある。
(※2)入門…2年間の研修を修了すると、幹部技芸員に入門し、さらなる研鑽を積む。
(※3)端場…各場面の始め、ドラマの発端に当たる部分のこと。人間関係や場所などを説明するほか、物語の伏線となっていることが多い。

―鶴澤燕三師匠に弟子入りを決めたときのことを教えてください。

研修でいろんな方に教わって、2年目の3月が近づいたときに、「この人の弟子になりたい」と決めました。師匠は何回か研修に来てくださったのですが、ストイックなんですよね。できなかったら怒られるし、2回か3回しか弾いてくれないし……。けど、覚えた後は「よく覚えたな」って言ってくださるんです。やっぱり達成感がありますし、褒めてもらえると嬉しいですよね。それと、研修で実際の舞台を見に行くんですけど、弾いている姿がやっぱり格好良いんですよね。真っすぐ正面だけを向いて、チラチラ見ないし。
研修期間中でも楽屋に行く機会が何回かあるんですけど、師匠、楽屋では結構喋るんですよね。絶対笑わないと思っていたのに「楽屋ではこんなに楽しそうにしているんだ!」って、そのギャップにやられてしまったというか、そういう部分もメリハリの利いた方ですよね。情熱もあるし、愛情もあるし、そういうところに惹かれたのかなと思います。

◆文楽を未来へ
―今後の抱負をお聞かせください。

基本に忠実にやることを心がけています。いろいろ試していると、全然違う方向にいってしまったり、変な癖がついて、訳がわからなくなっちゃったりするんですよね。そうなると戻ってくるのが大変なんです。実際に今そうなっているんですけど。だから、なるべく基本に忠実に、初心を忘れないように、自分の我を出さないように、自分の目標としているものに、そのまま向かっていけるように、と最近は思っています。なかなかそう上手くはいかないんですけど。

―文楽を、特に同世代の方に、もっと聴いてほしいという思いはありますか?

もちろんあります。どうしたら聞いてもらえるんだろう、と常に考えているんですけど、なかなか上手くいかないですね。
先日、小さい子どもたちに教える機会があって、こういうことをもっと積極的にやっていきたいなと思いました。劇場でただ漠然と舞台を見て、「何だかよくわからなかったな」で終わるよりは、間近で教えてもらって、「あの三味線って面白かったな」って思ってもらう方が、大人になって生きてくると思うんです。子どもに限らず若い世代に教えることは、この先もやっていきたいですね。

―この研修に応募を検討している若い方にメッセージをお願いします。

文楽に進むかどうか迷っていたら、来てほしいなと思います。僕も将来のことは漠然としか考えていませんでしたが、それでも何とかやっています。あんまり「ハードルが高いな」と思わずに、まずは飛び込んできてほしいですね。

―三味線の後輩も欲しいですか?

もちろんですよ。当たり前じゃないですか! 三味線は、本当に楽しいので。やったらやった分だけ上達する訳ではないですけど、奥が深いですし、弾いていて飽きません。ぜひ三味線に触っていただきたいなと思います。

―今後のご活躍も期待しております。ありがとうございました。