国立能楽堂

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【第30回記念東京若手能】特別対談 シテ方編 小倉伸二郎(宝生流)×川口晃平(観世流) 後編

能楽若手研究会東京公演「第30回記念 東京若手能」を2月5日(土)に開催します。
それに関連して、今回の若手能でシテをつとめます川口晃平師、小倉伸二郎師のお二方による対談を行いました。
前編では、能との出会いや内弟子の頃の苦労話、能の魅力などについて語ってくれました。今回はいよいよ「第30回記念東京若手能」で上演する「熊野」や「小鍛冶」についてお話をうかがいました。

「特別対談 シテ方篇 前編」はこちらから
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「熊野」熊野(小倉伸二郎)


「小鍛冶」稲荷明神(川口晃平) 

―さて、「第30回記念東京若手能」」で上演いたします「熊野」と「小鍛冶」の話をうかがいたいのですが、お二方は「熊野」はつとめたことがありますか?

小倉伸二郎(以後、小倉):僕は「熊野」は初めてです。

川口晃平(以後、川口):「熊野」は僕もやったことがありません。ツレは何度かつとめたことがあります。

―「熊野」は大曲なのでしょうか

川口:大曲ですよね。

小倉:ですね。宝生流では月並などでも出たりすることはありますけども、やはり別会のものと言う気がします。とても人気がありますし。
昨日たまたま水道橋の宝生能楽堂に行ったんですが、後輩の髙橋憲正さんと会って少し話をしたんですけども、宝生流では今月、佐野登さんが「熊野」をつとめているんですけど、それ以下はまだやってないんです。宝生流ではそれぐらい大事にしてるんですね。
で、稽古していると、中入りもないし、見どころがどんどん出てくるので、ホッとするところがない。中入りがないのは結構しんどいですよね。

川口:唐織着流しと言うのが、姿として能の一つの典型的な美しさなんですが、謡ったり舞ったりしながら、その美しさをずーっとキープするのがすごく神経を使うんじゃないかと想像するんですけども。



熊野(小倉伸二郎)

―みどころは?

小倉:まず最初出てきたときの謡ですかね。何よりも第一印象が大事だと思います。
橋掛りの三の松のところで謡いますけど、一声目で印象がついてしまう。あんまり緊張して上ずったとこから出ちゃうといけないし、熊野の気持ちがそこになかったらいけないと思いますから。
それで、そこからツレとの掛け合いがちょこっとあって、すぐ「文ノ段」ですからね。あそこは失敗するわけにはいかないですし。

―「文ノ段」は名文ですからね。ワキの対談でも「文ノ段」の話が出ましたが、上掛り(観世流、宝生流)だと、ずっと一人で謡わないといけないんですよね。

川口:唐織、下居してずっと謡うってキツいですよね、多分。

小倉:そうですね。それでいて張っていないといけないし。その後の道行はホント何もないんですよ、動きは。

川口:横向いたり?

小倉:ちょっと右向いて左向いて、そこ一回ずつしかないんで。後は全部謡で表現しないといけない。

川口:座っていると立ちたいし、立ってると座りたくなるんですよね。

小倉:ホントそうですねえ、座ったまま謡うのもきついけど、ずっとまっすぐ立っているのもきつい。あしらったりしてるとまだいいんですけど。

川口:ずっと立ちっぱなしってきついですよね。ツレはずっと同じ姿勢で立ってるんで、意外と「熊野」のツレはそこがきついんですよ。

小倉:きついですね。ただ、ツレは前にシテがいるから、見てる目標がある分まだいいんだって聞きました。「シテは何もないから、結構きついよ」って言われて。
なんとなく自分が振れてるんじゃないかなとか、感じてくるんですよね。

―その後クリ、サシ、クセがあって、「中ノ舞」となります。確かにホッとするところがありませんね。

小倉:曲が曲だけにね。ああいう綺麗な格好をして、春の景色で、見た目はとても華やかなんだけど、熊野の心中は全く華やかじゃない。そこをきちんと表現しないといけないですから。きれいな景色はきっと地謡が作ってくれるでしょうけれどもね。

川口:「熊野」「松風」と言いますけども、「熊野」って「松風」に比べると、ボーっと見ているとどういうドラマか分かりにくいところはあると思います。
春の桜と、老母の命と、平家の全盛と、遊女のトップにいる熊野の立場の花とが、今盛っていてまさに散ろうとしているという、危機感を孕んだ花の盛りと言うか、それが村雨で散っていくというヒリヒリするような緊張感を分かっていただくと、すごくスリリングだと思います。

―「小鍛冶」はどうですか?

川口:初シテを「小鍛冶」でさせていただきました。「黒頭」も一回させていただいたことがあるんですけども。「小鍛冶」はすごく分かりやすいです。

小倉:そうですね、内容は面白いしね。「黒頭」って言うのはどういうものなんですか。宝生流は「小鍛冶」は「白頭」だけで、「黒頭」という小書がないんです。「黒頭」って他にもあるんですか?

川口:「野守」とか。

小倉:「野守」は宝生流にもありますね。

川口:あとは「土蜘蛛」とか、「是界」もあります。

小倉:黒でやることはあるけど、小書としてはないですね。

川口:普通の「小鍛冶」って若手が初シテでさせていただくような曲ですけど、小書がつくと急に重くなる。そんなにやらせてもらえない曲になってしまいます。
「黒頭」って言うのが、前シテ後シテの扮装が変わるんですけども、前シテは普通童子の着流しで水衣に、黒頭で童子の面をつけて出るのですが、「黒頭」ですと喝食の面をつけてモギドウ(裳着胴)という姿になって、狐の霊力が上がっている感じです。より化ける力が強くなってると言うのでしょうか。童子の着流しだと怪しい少年と言う感じですけど、喝食になるともっとシュッとしてる。説法までしそうな顔つきをしているんですね。

小倉:下は何ですか?

川口:腰巻ですね。で、稲穂をもって出てくる。より特殊な存在が出てきたと言うイメージです。クセの仕方話の日本武尊の辺りも似合うんですよね。何かキビキビした姿で。
後シテは、モギドウで、普通だと狐を載せるんですけども、黒頭だと載せません。これもちょっと人間に近い姿なんでしょうね。普通だと、刀を打つ槌を持参して出てきますが、黒頭になると手ぶらで出てきて、ワンセット宗近に用意させます。ちょっと偉くなるんです。
「御剣の鐵はと問へば」で、宗近に向き合ってお辞儀をするんですが、あれも黒頭だとあんまり頭を下げない。稽古の時、きちんとお辞儀をしていたら、「そんなに下げるな、ちょっと会釈程度にするんだ」と言われました。



稲荷明神(川口晃平)

―役には稲荷明神となっていますが、稲荷明神そのものとして演じてるんですか?

川口:眷属ですね。お使いです。大体能って、「絵馬」とかは別として、神社の祭神そのものよりも、神社の隅っこにいる末社の神がシテになってることが多いと思うんです。
少し話はそれますが、川口家の行事で毎年正月に伏見稲荷に参詣してまして、父が三の峰のすぐ下辺りに鳥居を建ててるんですよ。初めて見た能も、初めて演じた能も「小鍛冶」ですし、今回も「小鍛冶」。何か縁を感じますね。

小倉:熊野は清水観音の御利生で故郷に帰れますし、能にとって信仰心って結構重要ですよね。

川口:お稲荷さんのご加護があるといいのですが。

―「小鍛冶」には「白頭」と言う小書もありますよね。「白頭」と言うと普通老体ってイメージがあるんですが、「小鍛冶」でもそうですか?

川口:梅若には「白頭」と「白式」の二種類あるんです。「白頭」になると前シテもお爺さんになりますし、ほとんど型がなくなる。働きも早笛もなかったと思います。
「白式」ですと、白頭に狐を載せて、白狐という感じです。

小倉:宝生流の「小鍛冶」の「白頭」は、川口さんの言う「白式」に近い感覚だと思いますね。面が老体ではないですから。大飛出と言う金色の面です。動きもそんなに無くなったりはしないですね。だから神性が強調されると言うことだと思います。
「黒頭」は型も随分変わるんですか?

川口:一番飛んだり跳ねたりするのは普通の赤頭なんですが、「黒頭」になるとそんなに動かなくてもダイナミックに見せるような型がついています。早笛の位置も変わります。
「謹上再拝」の間に一度三の松に出てきて、宗近が祈っているのを見ています。ちょっと空から様子を見てる感じですね。それで、「いかにや宗近勅の剣」で一回幕に戻って、早笛になってまた出てきます。

―伸二郎さんは普通の「小鍛冶」はつとめたことがありますか?

小倉:普通の「小鍛冶」はあります。シテがついて5回くらいのうちにです。飛んだり跳ねたりは宝生流でもありますよ。
面白かったですね。その時は思ってないんですけど、後になって思い返すと面白かった。

川口:やってる最中は苦しいなあと思うんですけど、終わると面白かったなと思うんですよね。大体やってる最中は真っ暗な中にいますしね。

小倉:確かにそうですね。自分がどう見られてるのかって、全く見えないですからね。

川口:どんなに憧れの面をつけてたり、装束を着ていても、自分では見えないと言うのがね。
この間別会の「弱法師」で、普段師匠が着ているいい装束を着させていただいたんですけども、いい装束は着た瞬間に「いい装束だ」と感じるもんですね。軽くてピタッとしていて。

小倉:何と言うか、しっとりというかね。

川口:自分がいい形になるんじゃないかと思わせてくれると言うか。

―好きな曲、これはいいなあという作品、あるいは思い出の舞台などはありますか?

小倉:あまり普段は意識はしていないんですが、狂女物をやってみたいなと思うんですよ。「三井寺」とか。何回かそう言うのはつとめたことはあるんですが、ホントに子方が出てと言うのはまだあんまり演じたことがなくて。去年「雲雀山」があったんですが、他の狂女物とはちょっと違いますしね。

―狂女物は前場がサッと終わって、後場が長いじゃないですか。大変だろうなと思います。

小倉:扱いが重いので、若いうちには中々できないんですけどね。



小倉伸二郎

川口:僕は師匠が好きな、得意とする曲をやってみたいなと思います。例えば、「山姥」など。師匠がこうやってたなってのを追体験したいなと言うか。もちろん遠く及ばない方ではあるんですけども、師匠にどこか似てたなと言われたいと言うのがありますね。
何より、とにかく師匠に稽古をつけて欲しいんですよ、役がつけば稽古していただけるので。師匠の好きな曲ですと、師匠も思い入れがありますから。なので、自分の主催公演は師匠の好きな曲を選んでいます。

小倉:靖国神社の夜桜能ですが、昼間にやってた頃があるんです。近藤乾之助先生がシテで舞われていて、ちょうど時期が桜の満開の時で、風がパーッと吹いた時に、花が本当にフワーッと流れた時があって、その時は本当に「うわあ、素敵だな」と思いましたね。

川口:葉桜能ってことが多いですけどね。

小倉:そうですね。

川口:でも、花の盛りに当たるとすごいですよね。

小倉:すごいですね、本当に。

川口:野外っていいですよね。

小倉:そうですね。天候に恵まれてると特に。

川口:ワキ方の対談でも出ていましたが、自然光が一番能面、能装束を美しく見せると思うんですよ。
能を一回外に戻すと言うことを今考えた方がいいんじゃないかと思いますね。元々野外でやっていたものですから、感覚として野外に戻すって言うのでしょうか。外光の下で演じることもそうですが、能楽堂の中でも照明を考えていただいて。
梅若の舞台は大きい明かり採りの窓があって、正月とか太陽が低い時期はそこから外光が入ってきて、「翁」とかがすごくいいんです。その時は人工照明を少し落として、自然光に近くするんですけど、その風情が他の舞台にはないなあと思ってるんです。
かつて能は、鬼の能だと日暮れ近くにやっていて、鬼の面の目に金が入っているのは、それで夕陽にギラッと光らせたりしたみたいなんです。衣装と面でそういう演出効果があったのに、それが今、全然なくなってしまっていると言うのは、能にとって不幸なんじゃないかと思うんですよね。

小倉:野球みたいにドームに出来るといいんですけどね。

―これからの能で変えた方がいいところ、変えてはいけないところなどありますか?

小倉:能全体と言うよりは楽屋内の話になるんですけども、装束とか決まったものを変えろというのではありませんが、例えば指貫などは、着るのにものすごく手間がかかるんです。紐でくくったり、糸で縫い付けたり。例えば装束の一部を止めるところを、ゴムで止めてもいいじゃないかなとか思ったりはすることはありますね。

川口:特に中入りの時とか大変ですよね。文明の利器はもっと取り入れてもいいかもしれません。

小倉:そうです。少しずつ便利なものは取り入れて行けばいいんじゃないか。

川口:もちろん、現代人の浅知恵で動かさない方がいいと言うこともいっぱいあるとは思いますが、世阿弥も「してみて良きにつくべし」と言っていますしね。
それぞれの時代時代に合った演出と言うのがあると思うんです。僕は江戸時代に削り過ぎたんじゃないかとも思うんですよね。昭和の能と言うのはそれに肉付けをしていった時代だと言う風に思います。師匠なんかはまさに、そういった削った部分に肉付けをしてきたんじゃないかなあと。



川口晃平

―お二方はもう若手と言うのでもありませんが、若い方に望むことは何かございますか?

小倉:今、能楽の普及の活動って大事だと思うんです。ただ、若い人たちがそっちばかりに一生懸命になり過ぎちゃうと、今自分を鍛えて行かなきゃいけない大事な時期に、稽古が疎かになってしまったり、分かりやすく謡おうと思うばかりに、謡に変な癖がついてしまったりするのは怖いなと思います。

川口:古くて守ってきたものはこれから強みになっていくんじゃないかと思いますね。こんな700年も続いている芸能は世界にもないわけですから。色んな時代を越えてきたと言う強さをもう一度理解して、これだけ素晴らしいものを守ってきたんだと言うことを誇りに思ってもらいたいですね。
そのためには自分自身も出来る限り稽古していい舞台が出来るよう努力しなきゃいけませんね。

―今年の抱負や今後の目標などを聞かせてください。

小倉:2月3月に能が集中しているので、そこをまず無事につとめないといけないなと。後はこんな時代なんで、とにかく健康に気を付けたいなと。生涯現役でいたいですから。

川口:能楽師が貧乏になってしまうとその周りの扇子屋や装束屋が成り立たなくなって、能の世界全体が細くなっていってしまいます。そうならないためにも、能楽を支えてくれるような愛好者を増やして行かなくてはいけないなと思います。

小倉:能の場合、見に来てくれるというのも大事ですけども、やってくれる人がいないと成り立たないですよね。

川口:やってくれる方が一番のファンになってくれますし。ただ、お弟子さんを増やせばいいっていう話ではないですけれどもね。



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<小倉伸二郎 プロフィール>
シテ方宝生流 1974年生
シテ方宝生流能楽師小倉敏克の次男
兄は同じくシテ方宝生流能楽師の小倉健太郎
18代宗家宝生英雄、19代宗家宝生英照に師事

<川口晃平 プロフィール>
シテ方観世流 梅若会所属 1976年生
漫画家かわぐちかいじの長男
大学卒業後の2001年、56世梅若六郎玄祥(現 梅若実)に入門
その年復曲能「降魔」にて初舞台
舞台に立つ傍ら、能楽普及のレクチャーを各地で行う

興味深いお話を沢山聞かせていただきました。「能楽若手研究会東京公演 第30回記念東京若手能」は、国立劇場チケットセンターほかにて好評発売中です。実際の舞台もどうぞお見逃しなく!

番組

熊野(ゆや)
シテ 小倉 伸二郎(宝生流)
狂言
節分(せつぶん)
山本 凜太郎(大蔵流)
小鍛冶 黒頭(こかじ くろがしら)
シテ 川口 晃平(観世流)
日時 2022年2月5日(土) 午後1時開演(開場正午)
場所 国立能楽堂 能舞台

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