国立劇場

研修インタビュー 中村 梅乃(なかむら うめの)
※令和3年8月掲載

 中村梅乃さんは、平成10年に第14期歌舞伎俳優研修を修了し、中村梅玉丈に入門しました。女方として活躍を続け、平成25年には名題に昇進しました。

子供のころからの夢が叶った
Q. 研修生になろうと思ったきっかけをお聞かせください。
A. 私は代々歌舞伎をやっている家ではなく、サラリーマンの家庭で育ちました。小学4年生の時に初めて歌舞伎を観て、一目で虜になりました。それ以来、毎月歌舞伎座の3階席や幕見席に通ううちに、舞台に立ってみたいという気持ちが芽生えました。最初は、私のような歌舞伎とは関係のない一般家庭出身の人が役者になれるとは思っていませんでした。しかし、一般家庭出身者でも役者になれると知って、一日でも早く修業を始めようと思いました。研修生に応募できるのは、中卒以上でしたので、一番早い中学卒業時に研修生に応募しました。

Q. 随分幼いころから歌舞伎に出たいと考えるようになったのですね!
A. はい、小学校の卒業文集には「将来は歌舞伎役者になりたい」と書きました。結果として、私はなりたいものになることができました。願いを強く持っていれば、きっと実現すると思います。

Q. 研修生になる前は、習い事はしていましたか?
A. 小学生の頃、たまたま近所に三味線のお師匠さんがいらっしゃったので、小唄や端唄を習いました。中学校に上がってから関西に引っ越しましたが、引っ越した先では地唄のお稽古に通いました。三味線を習っていたことで、譜面が読めるようになっていましたので、研修生になってからも役に立ちました。日本舞踊など、三味線以外のお稽古事も触れておいた方がよいと思っていましたが、環境的に難しかったです。

先生方の愛と厳しさに触れて
Q. 研修生になって、生活は変わりましたか?
A. 学校ではあまり怒られることはありませんでしたが、研修生になると、先生方が愛情をこめて真剣にご指導くださるからこそ、本気で怒られます。最初は怖かったですが、ご注意いただいたところは、次の稽古では絶対にできるように頑張りました。

Q.研修生時代に、特に好きな授業は何でしたか?
A. 歌舞伎実技はもちろん楽しかったですが、研修生になる前から三味線を習っていたこともあり、三味線をはじめ楽器の授業も好きでした。学術系の講義では、歌舞伎の歴史や演目の解説などのお話を伺えて、勉強になりました。それから、義太夫の授業も楽しかったです。

Q. 逆に、大変だった授業はありますか?
A. 立廻りや体操の授業は、体育会系で体力勝負なので、インドア人間の私には大変でしたが、一生懸命取り組みました。とんぼを返れるようになって、先生から「よし!」と言っていただけたときは、とても嬉しかったです。

Q. 一緒に研修生になった同期の方々とは、どのような関係ですか?
A. 私の同期で、今でも歌舞伎役者を続けているのは5人です。折に触れてラインやメールをして連絡を取り合っています。コロナ禍になる前は、よく飲みにも行っていました。
 私たちは、お互いにライバル意識があって、高め合ってこられました。仲が良すぎると、ただのお友達で終わってしまいますが、私たちの場合は程よい緊張感があったから、よかったのだと思います。研修を修了して、各師匠に入門してから、皆それぞれ苦労してきましたから、研修生の頃よりも今の方が仲がよいかもしれません。

Q. 年度末の研修発表会はいかがでしたか?
A. 1年次の、初めての研修発表会が、大変思い出に残っています。『菅原伝授手習鑑 車引』で桜丸の役を演じました。照明が明るくて暑くて、歌舞伎の舞台に立っているという実感がわいて、印象に残っています。

品格と行儀
Q. 研修修了後は、幹部俳優に入門して舞台に出演します。現在の研修生は、どなたに入門するかを修了前に決めますが、梅乃さんの頃は、修了してから入門先を決めていましたね。
A. 研修を修了して2か月後の、5月の歌舞伎座から、まだ特定の師匠に入門はしないで、本名で歌舞伎に出演し始めました。入門前のこの期間は、いろいろな方の座組に出演させていただき、特定の方に入門していないからこそ、様々な方が教えてくださいました。秋からは、中村梅玉一門で手伝いを開始し、翌年の1月から正式に入門しました。

Q. 入門後は、どのような毎日を過ごしましたか?
A. いろいろな役を頂いて舞台を勤められたほか、後見など舞台裏の仕事もたくさんさせていただけました。師匠や兄弟子のほか、師匠の御父君六世中村歌右衛門の大旦那のお弟子である中村歌江さんや中村歌女之丞さんも様々なことを教えてくださいました。

Q. 舞台に立つ時に心がけていることを教えてください。
A. 一門のモットーである「品格と行儀」を大切にし、どんな役でも行儀よく品よく勤めるよう、自らを戒めています。私は腰元や仲居の役を勤めることが多いですが、主役の方が演じやすいように、出しゃばらず、さりげなく芝居の雰囲気を出すことを目標に取り組んでいます。これは、私にとって永遠の課題です。

Q. 研修を修了してから、お稽古事は続けていますか?
A.研修修了直後は、歌舞伎座から遠い実家に住んでいましたので、なかなか稽古に行く時間が取れませんでした。しかし、一人暮らしを始めてから、日本舞踊、三味線、謡、仕舞のお稽古に通いました。今はコロナ禍でいろいろ難しいところがありますが、日本舞踊はできるだけお稽古に通うようにしています。

Q. 入門されてから出演した舞台で、特に印象に残っているものはありますか?
A.まず、研修を修了して4年後に助演として出演した、第16期生の研修発表会の「小金吾の立廻り」です。私が小金吾、16期生が捕手を勤めました。これから研修を修了して歌舞伎界に入ってくる後輩たちと一緒に舞台を盛り上げた高揚感は忘れることができません。
 それから、令和元年に行った「高砂会」です。梅玉師匠に入門した門弟全員での勉強会(若手や、脇役を勤める俳優が大役に挑戦する等、技芸の研鑽を積む会)です。歌舞伎とは縁のない血筋に生まれた者だけで、劇場を借りて、演目を決めて、演じられたことはとても嬉しかったです。師匠や、舞踊の振付・指導をしてくださった藤間勘祖先生など、支えてくださった方々には感謝してもしきれません。歌舞伎は、代々歌舞伎をやっている家に生まれた人しかできず、封建的なものだと思われがちです。でも実は、歌舞伎俳優は、誰でも目指すことができる職業選択の一つの選択肢なのだということを広めていきたいです。そのために、一般家庭出身の歌舞伎俳優である私たちが輝いている姿を、勉強会を通じてPRできればよいと考えています。

Q. 勉強会といえば、今年令和3年8月は、「稚魚の会・歌舞伎会合同公演」(歌舞伎俳優研修修了者及び幹部俳優に直接入門した俳優が、日頃の研鑽の成果を披露する会)や「音の会」(若手の歌舞伎音楽演奏家が日頃の研鑽の成果を披露する会)など、勉強会にたくさん出られましたね。
A.勉強会では、本興行より台詞が多くて注目される役を演じられるのは有難いですが、普段の本興行でどれだけ学んできたかが試される場ですので、普段からしっかりと芸を磨くことが大切だと再認識させられます。一方で、勉強会で大きな役を勤めることで、度胸と自信がつき、本興行に還元することができます。本興行と勉強会をどちらも経験することで、少しずつ進歩していければと思っています。
 合同公演は、第1期や第2期の研修修了者をはじめ、代々の先輩方が作り上げたものの結晶です。これを受け継ぎ、伝統の継承の場として発展させていかなければなりません。もちろん古い考えだけに捉われていてはよくないので、公演のあり方については後輩たちからの意見も大切にしています。合同公演では公演の運営も役者が担っており、私は入門後間もない頃から先輩方のお手伝いをさせていただくうちに、様々なことを勉強できました。こういった経験が、今、合同公演に携わる上で、非常に活かされているのだと思います。

あきらめなければ輝ける!
Q. 公演がない時は何をして過ごしていますか?
A. 体力回復のための貴重な時間ですが、いつもあっという間に過ぎてしまいます。歌舞伎以外の舞台を拝見するなど、普段できないことをしてリフレッシュに努めます。とはいっても、私の場合、趣味はみな芝居がらみのことなので、芝居から離れられませんが(笑)。それでも、この道に進んで25年間、悔いはありません!

Q. 歌舞伎の興行は25日間ほぼ連日舞台があり、体力的にハードですが、体力づくりのために何かなさっていることがあれば教えてください。
A. 1日1万歩を目指してウォーキングをしています。史跡などを見ながら、楽しんで歩いています。おかげで体力がついて、舞踊の稽古で疲れにくくなりました。

Q. ところで、梅乃さんは普段着でも着物をお召しになることが多いようですね。
A. 着物が好きなので、よく着ています。研修生になったばかりの頃は上手に着られませんでしたが、毎日着ているうちに着られるようになります。何事も慣れですね。

Q. 研修生を目指す人にメッセージをお願いします。
A.歌舞伎俳優は努力した分だけ成長でき、成長した分だけ報われる仕事なので、興味があればぜひ挑戦してください。諦めなければ、必ず輝けます!

本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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