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【2月文楽】文化功労者として顕彰された鶴澤清治が意気込みを語りました


令和2年度の文化功労者に、鶴澤清治が文楽の三味線弾きとして初めて選ばれたことを記念して、令和3年の大阪・国立文楽劇場の初春文楽公演、東京・国立劇場の2月文楽公演を、「鶴澤清治文化功労者顕彰記念公演」として開催します。

2月文楽公演で、昭和63年(1988)以来33年ぶりに勤める『伽羅先代萩』御殿の段(午前11時開演 第一部)への意気込み、そして文楽への思いを語りました。



あまりにも突然、文化功労者に選んでいただきましたのでびっくりしまして、電話を受けた時は本当にドキドキいたしました。私よりも数段立派な先輩の三味線弾きの方々がいただけなかったものを、私なんかがいただいて、本当に申し訳ないと感じております。 三味線というものは日の当たらないことが多いので、こういうことには縁が無いものと思い込んでおりましたが、後輩にも「三味線弾きでもチャンスがある」と、一つの励みになればと思っています。

2月文楽公演の、『伽羅先代萩』「御殿の段」は、最難曲、非常に難しい曲です。これは私が32歳の時に初めて越路師匠(四代目竹本越路太夫)の語りでやらせていただきました。もう40年以上前、31歳の時に越路師匠を弾かせていただくようになりまして、まだまだ慣れずにまごついている時、そのような大曲を弾けと言われたもので、ドギマギしてやらせていただいたということが記憶にございます。
そしてこの度、(豊竹)呂勢太夫君とやらせていただくことになりました。とにかく大曲ですので私も心配で、越路師匠とやらせていただいた当時のテープを聴きまして……これは相当早くから取り掛からないと無理だろうと、もう既に呂勢太夫君と取り掛かっております。このテープを聴くと私の三味線は大変未熟で……まあよく越路師匠が語ってくださったなと、そう感じたりもしますが、この時の演奏を基本に、当時を思い出しながら、新たな気持ちで取り組もうと思っております。

『伽羅先代萩』の政岡の心境、若殿さまと自分の子と二人並べての愛情の注ぎ方など、本当によくできた作品で、やりがいもあります。まず、品格を保つことが大事で、曲の調子も千変万化に変わり、それに対応しないといけません。『先代萩』に限ったことではないのですが、太夫と三味線というのは、合い過ぎてもだめだし、合わなかったらこれは論外だし、というところがあります。そこのすり合わせをこれから少しずつ詰めていきたいと考えています。それにしても、あまりにも立派な過去の演奏、例えば豊竹山城少掾師匠と、私の師匠・四代目鶴澤清六とが演奏しているレコードなどが残っていますので、「我々がやっていいのかな?」とも思ってしまいます。それくらいの大きな曲ですね。



私が清六師匠のところに入門した時には、師匠は既に70歳くらいでしたので、直に稽古していただくことはありませんでした。それから養父・(二代目)鶴澤道八のところにおりましたが、3年ほど経って、「うちに置いておくより、よその釜の飯を食った方が良い」(笑)ということで(十代目)竹澤弥七師匠のところに預けられました。 弥七師匠からは、「まあ、今は理解できないだろうけど、何年か経ったら分かる時が来るし、言われたことをよく覚えておくことが大事だ」「今は弾けなくても、口で言えればそのうち弾ける」そういう注意をよく受けたのを覚えています。また、当時の大阪の朝日座には、我々の座る床の真上に客席がありまして、その真上から弥七師匠の演奏を聴かせていただいたのも記憶に残っています。

弥七師匠が突然亡くなられて、その代わりを勤めるということで、越路師匠の三味線を弾かせていただくようになりました。越路師匠を弾かせていただいている時は、「舞台で叱られる」ことの連続でした。私が弾きたいと思うようには弾かせてくれないんです。グッと力でねじ伏せられてしまって……まるで金縛りです。 越路師匠の語り口は、ものすごく緻密に組み立てられたもので、それからはみ出ると、本当に舞台で弾き飛ばされるような感じがするんですよ。何人もの先輩方を弾かせていただいていますけど、ああいう感覚を三味線弾きに与えるというのは、他の太夫では無いですね。ですから、舞台が夜遅い時などは本当に一日中憂鬱でした。終わったらホッとするんですけど、その連続、「早く舞台が終わってほしいな」という(笑)。13年間越路師匠を弾かせていただいて、それは大変な勉強にはなりましたが、やめたいと思うことも多かったですね(笑)。



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普通「訛る」というと、標準語から外れることを言いますが、文楽の場合「訛る」というのは標準語になってしまうことで、今の若い人たちはほとんどが「訛りの塊」みたいな人ばかりです。大阪の人でも、いわゆる標準語に毒されていて(笑)、それを、「はがしていく」のは大変です。単語自体の訛りを取っても、「てにをは」が付くと、全体のイントネーションが標準語化してしまいます。特に世話物は本当に難しい。アクセントだけではない難しさ、いわゆる昔の大阪人の私生活といいますか、今はそういうものを知らない人ばかりですからね。大阪人でもそのあたりが理解できていない人がいるので、一番困ったことだと思います。

文楽の義太夫では舞台で「太夫と三味線が喧嘩する」のが基本だとよく言われていました。つまり太夫と三味線が切磋琢磨して、その表現力がぶつかり合う、そして自分の道に引き込もう、いや引きずられない、というようなやり取りが、文楽の太夫と三味線の持ち味ではないでしょうか。この頃はほとんど、そういう感じがなくなってしまい、お互いの気合が不足しているというか、なにか「なあなあ」になっているようにも感じます。

文楽の本当の良さ、私たちが感じた、綱太夫・弥七(八代目竹本綱太夫・十代目竹澤弥七)とか、それこそ山城・清六(豊竹山城少掾・四代目鶴澤清六)とかね、舞台上で火花が散るような、太夫にとっては都合の悪い三味線を弾く、太夫も三味線が弾きにくいだろというような語りをやるという、そのつばぜり合いが一番の醍醐味で、すばらしい組み合わせの芸からは、そういうものがヒシヒシと感じられるんです。語りと三味線のエネルギーの衝突、ギリギリのせめぎ合いが一番大事で、そこが聴いていて一番の魅力ではないでしょうか?
三味線は太夫の伴奏ではありません。太夫の力を引き出しながら、テンポを自分が定めていく、本当に適当な「よく合うスパイス」を義太夫に振りかけていく、それが三味線弾きの役目だと思っています。




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 2月文楽公演は6日(土)初日!
鶴澤清治が出演する『伽羅先代萩』を始め、多彩な演目で文楽の醍醐味をご堪能ください。


チケット販売は1月14日(木)午前10時から
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