国立劇場

【研修生募集】[連載第5回] 研修修了者に聞く(^^) 井上りち

 国立劇場では、伝統芸能の伝承者を養成するため、将来舞台で活躍する志を持つ歌舞伎音楽(竹本・鳴物)及び大衆芸能(寄席囃子)の研修生を募集しています。
 研修を修了し、第一線で活躍している若手の皆さんを連載でご紹介いたします。

第5回 井上りち(いのうえりち)(平成30年3月第14期寄席囃子研修修了)

会社員から寄席の道へ
Q. 研修を受けようとしたきっかけは何ですか?
A.寄席で、研修生募集のチラシを目にしたのが、受験のきっかけです。受験する数年前から長唄三味線の稽古をしていて、なにか目標をもって稽古してみたいと思っていた時に研修生募集を知り、腕だめしのつもりで受験することにしました。もともと落語や演芸が好きで、寄席囃子は客席から耳にしていましたが、まさか自分がお囃子の演奏家になれるとは思ってもいなかったので、合格した時はとても驚きました。

Q. 研修生になる前は何をしていましたか?
A. 会社員でした。自分も、たぶん周りの方も、このままずっと働くものと思っていたので、「寄席囃子の研修生になるので辞めさせて下さい。」とお伝えした時は、大変驚かれました。

とにかく夢中でやり、気がつけば修了だった
Q. 研修中、苦労したことは何ですか?それをどうやって克服しましたか?
A. 研修生になる前は、長唄しか稽古をしていなかったので、小唄、端唄、清元、五線譜、鳴物、踊り、と、いろいろな分野を吸収していくことに苦労しました。なかなか消化できず、それでも次の課題がくるので、焦ることもありました。
また、寄席囃子の授業では、弾いていただいた曲を、その場で覚えて弾く稽古をします。楽譜は、録音させていただいた音源をもとに、あとで自分でおこします。研修生になるまでは、暗譜はしたことがあっても、楽譜がないまま弾くことや、自分で楽譜を書いたことがなかったので、はじめはとても苦労しました。
克服できたかは分からないですが、とにかく夢中でやり、気がつけば修了だった、という感じです。

Q. 研修中、印象に残ったことは何ですか?
A. 研修の後半に、実際の寄席で勉強させていただく「楽屋実習」があり、そこで初めて寄席の舞台裏を拝見したことが、印象に残っています。楽屋や太鼓部屋の様子に、本当にここで働くんだと、身の引き締まる思いになりました。
また、研修では1年次と2年次に発表会があります。寄席囃子は、本来は裏方の仕事ですが、国立劇場の舞台に出る機会をいただき、度胸がついたと思います。修了後はひとりで黙々と稽古をすることが多いですが、発表会に向けて、同期の研修生と皆で稽古に励んだことも、研修ならではの楽しい経験でした。

初めて勤めた時の緊張は忘れない
Q. 寄席で働くようになってから、印象に残ったことは何ですか?
A. 寄席の色物で、お客様のリクエストに応じてその形を切り抜く「紙切り」という芸があり、お囃子もできるだけリクエストに合わせた曲を弾くようにしています。初めてひとりでお囃子を勤めた時、終わった後に紙切りの師匠が「どう?楽しいでしょ?」と声をかけて下さったことが、良い思い出として印象に残っています。
他にも、「はめもの」と呼ばれる落語があり、噺の途中、師匠の台詞や動作をきっかけに、情景や心理をあらわす三味線を入れます。紙切りもはめものも、初めて勤めた時の緊張はきっと忘れないだろうと思います。。

Q. 寄席囃子演奏家として、日常生活で心がけていることは何ですか?
A. 寄席は、ひと月を10日間ずつ、上席・中席・下席と区切って興行していて、お囃子も、それに合わせて、各寄席を移動します。先輩方から代演を頼まれたり、寄席以外の落語会の仕事を受けたりすることもあり、間違いや忘れ物のないように、予定管理にはとても気をつけています。
また、寄席は1年ほぼ365日興行していて、お囃子も慌ただしい毎日ですが、三味線や唄の稽古を続けることと、ボーナスをもらっていた会社員のようにはいかないので、なるべく無駄遣いはしないことを、心がけています。

Q. ご家族やご友人は、研修を受けたことや、寄席囃子の仕事に就いたことについて、どう思っていらっしゃいますか?
A. あらためてどう思っているか聞いたことはないのですが、半分あきれつつ、理解して応援してくれていると思います。「今度聞きに行くね」と言われることもあるのですが、わたしの演奏ではなく、これをきっかけに落語や演芸の楽しさを知ってくれる人が増えたらいいなと思います。

Q. 仕事と家庭の両立について、苦労・工夫していることはありますか?
A. 寄席は1日2回公演で、昼席と夜席があり、どちらを勤めるかは、その芝居ごとに違うので、生活リズムを作るのが少し大変です。気がつくと夜型になってしまったり…これはまだ模索中です。

伝統のなかに身を置いて学び続ける
Q. 「寄席囃子」の魅力は何ですか?
A. 師匠方や先輩方から、昔の寄席やお囃子さんの話を聞かせていただけることがあり、そういう時、寄席囃子という伝統のなかに身を置けていることに、改めて喜びを感じます。寄席の雰囲気作りに貢献できることが嬉しいです。
毎日のように舞台袖から師匠方の高座を拝見し、その姿に感じ入ったり、面白くて思わず吹き出してしまうこともあります。お客様の笑い声が聞こえるとこちらも嬉しくなりますし、寄席の現場に立ち会えることは、お囃子の魅力のひとつだと思います。

Q. 今後の抱負をお聞かせください。
A. まだまだ分からないことも多いですが、あまり気負わず、長く続けたいと思っています。

Q. 研修生を目指す方にメッセージをお願いします。
A. 三味線や唄に自信がなくても、やりたい気持ちがあるならば、受験してみることをおすすめします。そして、もし研修生になったら、研修中は稽古にどっぷり浸ってみてください。
修了してからの1年間は「見習い」として、必ず先輩と一緒に寄席に入り、人に合わせて弾くことや、楽屋での振る舞いなど、現場で多くのことを教えていただけます。そして、2年目からはひとり立ちして、ひとりで弾く機会が徐々に増えます。ひとりで弾くことは、緊張しますし、とても難しく、研修が修了してからも、まだまだ学ぶ日々は続きます。上下関係の厳しい世界です。怒られることもあります。めげない心も必要です。覚悟を決めて飛び込んで、自分なりのお囃子を目指して下さい。

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