国立文楽劇場

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研修修了者インタビュー 豊竹亘太夫さん(令和4年2月掲載)

国立文楽劇場では、第31期文楽研修生を募集しています(応募書類の受付は2月18日まで)。
今回は、第24期文楽研修修了者で太夫の豊竹亘太夫(わたるだゆう)さんにお話を伺いました。

亘太夫さん

―文楽研修に応募したきっかけを教えてください。

ただ漠然と「何かを表現する仕事がしたいな」と思っていたんです。それが絵を描くことなのか、音楽なのか、舞台なのか、建築なのか……特にピンと来るものがあった訳でもなく、通っていた専門学校も結局辞めてしまい、アルバイトも転々として、ブラブラしていました。飲食店に就職したんですけど、それも⾧く続かなくて、結局身体を壊して辞めました。それから何をする訳でもなく、毎日ダラダラと過ごしていたら、ついに親から「もういい加減にしなさい」と叱られま した。「そんなに暇なら見に行ってみたら」と渡されたのが、国立劇場の文楽のチケットだったんです。
行ったら「何だコレ!」って感じで、“ドはまり”しました。独特な、生々しい人形の動きにまず目が行きました。魅力的ですよね。太夫は何を言っているかわからない、三味線もよくわからなかったんですけど、とにかくすごいと思って、東京公演は毎回見るようになりました。

僕は24 期生ですが、最初にチラシを見たのは23 期生の募集チラシでした。手に取って、ああ、へえ、研修生。プロになるにはこういう道があるんだって思って。でも……まぁ「やめよ」(笑)。
伝統芸能ってよくわからないけど、厳しい世界のイメージがあるじゃないですか。こんなちゃらんぽらんな生活をしているヤツが、⾧続きする訳ないと思ったんです。
けど、「あの時やっぱり受けとけば良かったかな」って、2 年間ずっと頭を離れないんですよね。24 期生の募集が始まって、またチラシを手に取って、今度は「…よし! やったろ!」と思って受けました。


―選考試験のことは覚えていますか?

覚えています。僕は選考試験の時点でもう26 歳だったんです。応募条件に「原則23 歳以下」とあるんですけど、「あくまで原則だから」と言われて、受けさせてもらいました。面接では「やりたいんです」っていうのを連呼した記憶がありますね。「やりたいんです、どうか入れてください」と、熱を込めて伝えるようにしたら受かりました。


―太夫を志望した経緯を教えてください。

最初は、人形が面白いなあって思っていたんですよね。三味線も格好良いなぁって思っていたんですけど、太夫になりたいとは思っていませんでした。
研修が始まって8か月後の適性審査(※)までの間に、人形遣いは何か違うな、と思い始めました。三味線も、全然弾けない。実は、選考試験を受ける前の1 年間に⾧唄を習っていたんですよ。何かで「三味線の基本は⾧唄」っていうのを目にしたので。けど、文楽の三味線と長唄の三味線とは全然違って、ちっとも弾けませんでした。
「向いていないなぁ」と悩んでいたときに、ある講師の方から「君は太夫の方が向いている」って仰っていただいたんです。別の講師からも「大きい声が出るからって、そんなにワアワア言ったらいけない」と言われていたので、大きい声は出せるんだなぁ……と、それが太夫志望に変更したきっかけですね。
(※)適性審査…開講後8か月以内に実施する実技審査。合格して専攻が決定する。

―亘太夫さんは関東のご出身です。関西言葉で苦労されませんでしたか?

今もまさに、現在進行形です。関西言葉からみた「関東訛り」ですよね。義太夫節は、関西言葉のアクセントというかイントネーションで語らなければいけないんですが、その訛りが直せない。わからないんです。楽屋での普段の会話も、単語だけしか関西言葉にできないから、関西出身の人にはばれますよね。言われてもどこが違うのかがわからないけど、後で客観的に録音を聞き返すと、微妙に違うんです。節回しも苦手なんですけど、それよりも訛りの方が苦手です。だから関西に生まれ育った太夫は羨ましいですね。


―研修中の生活について教えてください。

僕は文楽劇場の職員宿舎から通っていました。人形専攻の同期は舞台実習が多くてほとんど研修室にいなかったんですけど、太夫は舞台実習が少なかったので、自習時間が多かったですね。
覚えは本当に悪かったと思います。あまりに悪くて、講師に途中で帰られてしまったこともありました。そのうえ不器用で怠け者だから、なかなか曲が仕上がらなくて……。技芸員になった今、毎公演新しい役がついて、だいたい1 か月ぐらい前から準備するんですが、今でも覚えるのは苦手です。
休みの日は、京都や奈良によく行っていました。関東出身だから、京都や奈良に30 分以内で行けるというのが嬉しくて。演目と関係している所もあるので、楽しくて仕方がなかったです。

それでも一番印象に残っているのは、授業ですね。指導が厳しくて、途中で泣かされました。泣かされたというより、自分の出来の悪さが段々悔しくなってきて。
「文楽を辞めたら自分に将来はない」と思っていました。もう27 歳、修了するときには28 歳で、自分で選んだ文楽まで途中で辞めたら、この先何ができるのか? と。自分のやりたいこととは全然違うことを一生続けるのが嫌で、それが一つのモチベーションでした。


―文楽の世界に入って良かったことを教えてください。

確実に言い切れることは、豊竹呂太夫師匠に出会えたことです。人柄が本当に温かい。何もしなくても師匠の周りには人が集まってくるんですよ。ご自身の教室も持っていますし、お客様も多い。
子どもが生まれたときも、いの一番に師匠に電話しました。電話の向こうで泣いてくださってました。「おめでとうー」って。そういう温かい方なんです。師匠に出会えたことは本当に嬉しいことで、喜びです。

亘太夫さん

―これからの抱負を聞かせていただけますか?

切語りになりたいとか、人間国宝になりたいとか、そういう欲はないです。誰よりも下手だし、誰よりも不器用だと思っているから、「なるようにしかならない」という思いの方が強くて。上手くなりたくない訳ではなくて、なるようになったら上手くなると思っています。

ただ、最近になって、太夫って確かに楽しいと思うようになったので、そういう意味での欲はちょっと出てきたと思います。やり方が少しわかってきたというか……研修で教わったことが、入門して10 年が過ぎて「ああ、なるほどな」って、ようやくわかるようになってきました。もちろん全部ではないですけど。

なるようにしかならない、「これがしたい」っていう気持ちだけ先走っても、技芸が追いつかないとダメだと思っています。
自分は誰よりも才能がない、だから常に謙虚に取り組もう、と思っていたら、最近少しずつ役が増えてきて、師匠の稽古の進み方も変わってきました。怠け者で才能もない、不器用で覚えられなかった研修生の頃を思えば、10 年で少しは成⾧できたのかなと思いますね。当時の講師の方にも「上手くなってきたね」と仰っていただけるようになりました。「研修生の時は本当に下手だった」と(笑)。
「こっちの道でいいのかなぁ」ってつかみ始めた時に「こっちでいいんだよ」って道を示していただいたようで、嬉しかったですね。美談ではなくて。

―何かきっかけがあったのでしょうか。

「ちゃんとしよう」と思ったことです。入門して3年くらい経ったくらいから、大人としてちゃんとしようと、ようやく思えてきた。箸の持ち方であったりとか。サイズの合わない安物のスーツをずっと着ていたんですけど、それも捨てて、ちゃんとしたスーツを買って、靴も安物ではなくて、ビジネス用のちゃんとした革靴を2 足買って、それを磨いて、ネクタイも出かける前にはちゃんと締めて……。
今考えたら当たり前のことなんですけどね。当たり前といえば当たり前のことなんですけど、それをちゃんとしなきゃいけないと思ってから、変わり始めました。義太夫節って細かい設定がたくさんある音楽なので、ちゃらんぽらんのままだと、そりゃできない。今意識を変えてちゃんとしよう、と思ってから、だんだん周りの反応が変わってきたし、仕事も見えてきて、面白いと思えるようになってきました。

―「ちゃんとしなきゃ」と思ったきっかけもあったのでしょうか?

辞めようと思った時ですね。本当は辞めようと思っていたんです。入門してからも覚えが悪いから、先輩にも怒られるし泣かされるし。でも、一向にわからないから、「もうできない」と思って。
でも、何で自分にはできないんだろうと思ったんです。それで周りの先輩方を見たら、皆さんちゃんとしているんですよね。服装はラフにしている人もいますけど、その人は服に興味がないだけで、芸に対してはしっかりしています。真剣に、ガッツリ、ちゃんとこだわって取り組む。「これか!」と思いました。じゃあ、まず自分自身を変えていこうと思って、箸の持ち方から変えました。
ちゃらんぽらんにして形になるのも正解だと思うんですけど、少なくとも僕には不正解でした。抱負とは違いますが、本当に、なるようにしかならないと思います。

―最後に、研修へ応募を考えている方たちにメッセージをお願いします。

正座の練習はしておいてください。少なくとも30 分は座れるように。あとは、靴はちゃんと揃える、きちんとする。
もし、僕と同じように何かを表現したいと思っていて、それが何かわからないという人がいたら、文楽に来たらいいと思います。きっと人と違うことがしたいと思っているけど、一歩が踏み出せない。もし迷っていたら、一度来てみたらどうですか。
とりあえずやってみないとわからないですよね。最初から「つまらなそう」って遠ざけてしまうと、それこそ面白いことなんて見つからないと思います。とりあえず何でもいいからやってみる。当時はわかっていなかったですけど、まずはやってみないと……と、今なら思います。

―ありがとうございました。

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