国立文楽劇場

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研修講師インタビュー 鶴澤清介師(令和2年11月掲載)

人形浄瑠璃文楽座の三味線弾きとしてご活躍中の鶴澤清介師匠。古典の大作から新作の作曲まで幅広くご活躍の師匠に、ご自身のキャリアと、文楽の継承についてお話を伺いました。

清介師プロフ

―師匠ご自身が文楽の世界に入ったきっかけを教えてください。

 中学校の図書館で岩波書店(日本古典文学大系)の『浄瑠璃集』と『文楽浄瑠璃集』に出会ったのがきっかけです。『浄瑠璃集』は丸本(作品の全般を収めた版本)を活字にしただけものだったのですが、『文楽浄瑠璃集』は八代目竹本綱太夫師匠の床本(太夫が舞台で使用する作品の一部を書いた本)を活字にしたもので、大道具、役、かしら、衣裳など細かいことも書いてあり、面白そうだなと思ったんです。そこへたまたまラジオでその綱太夫師匠と十代目竹澤弥七師匠の演奏を聴く機会があり、あまりの面白さに感動しました。泣くこと一つ取っても、悔しいとか、悲しいとか、絶望といった人間の心理が見事に表現されていることがよくわかったのです。突然歌い出すような表現にも驚きましたね。
 当時は邦楽のテレビ番組も多くて、第4日曜でしたか、午後9時から10時まで今のNHK・Eテレで1時間の枠で文楽の放送があり、よく見ていました。ラジオの邦楽番組も多くて、親には英語を勉強すると言ってテープレコーダーを買ってもらい、一生懸命録音しました。この時分に聴いたものは今でもよく覚えています。
 このころ、上方落語の噺家になろうかなとも考えていたのですが、文楽があんまり面白いので「これを習ってみたい」と思うようになりました。高校合格後、当時心斎橋の北詰にあった三味線店に、義太夫節を教えてくれる人を紹介してもらい、その先生がたまたま通っていた高校の近くにいたので習い始めました。ところが、夏休みに盲腸の手術をすることになってしまい、お腹に力を入れることはダメだと言われてしまったんです。ですが、お医者さんは文楽の三味線がどのようなものか知らないから「三味線なら良いですね」と。大学にも進学したのですが、アルバイトなども経験しているうちにどうも普通の生活は向かない気がしてきました。それで、在学中に二代目鶴澤道八師匠を紹介していただき、入門しました。
 八代目綱太夫師匠と十代目弥七師匠の大ファンでしたね。三味線に興味を持っていろいろな人の義太夫節を聞いているうちに、三味線の表現方法の違いに気付いたのです。そんなこんなで三味線のところへ行ったという経緯があります。

―まったくの未経験で三味線を志望する受験生もいますが、選考試験まで、あるいは研修開始までに取り組んでおくべきことがあれば教えていただけますか?

 やっぱり文楽をよく聴くことだと思います。今なら音源がたくさんありますし、いろいろな義太夫節を聴いて、とにかく義太夫節ってこんなものかと、少しでも慣れておいてほしいなと思います。研修生になると、それはそれで忙しいので、今のうちに義太夫節を何度も聞いて、楽しいと思えるようになっておいてほしいですね。
 ただ、三味線は楽器なので、向き不向きがあります。手の大きさ、骨格、感性、音感は人によってそれぞれ違うので、努力だけでは何ともならない部分もあります。弾くことが得意なら良いですが、苦しいと感じると続けていくのは難しい部分があります。そこは自分自身で見極めてほしいと思います。

清介師研修風景

―師匠には多くの研修生を指導していただき、お弟子さんにも研修修了者がいらっしゃいます。研修の2年間を経て入門し、初舞台を迎えられるようになるには、どのような心構えが必要でしょうか。

 やはり一般の世界とは違う部分がありますので、仕事や雰囲気に慣れるまでに時間がかかると思います。水に合う、合わないもあります。研修生の時期は講師の先生が手取り足取り教えてくれますが、入門後は研修のように教えてもらえないので、芝居を見て、いろいろな人の演奏を聞いて、自分であれこれ模索しながら研究して、自分で見極めていかなければなりません。その上で、師匠や先輩方に言われたことを身につけてやっていくことの繰り返しです。それには才能が必要ですが、それができないと続けていくのは難しいと感じます。
 三味線弾きとして技術が身につき、道が拓けるまでに少なくとも10年はかかると思います。休みもなければ経済的にも苦しい部分があるので、最初のうちは辛抱ですかね。私たちは過去の偉大な名人の足元にも及びませんが、義太夫節は本当に良くできていますので、お客さんを感動させることができる生の舞台の魅力を伝えていきたいと思います。昔の名人もそれぞれ目指していたものがあるはずです。それがどのようなものか考えることで、少しでも芸の上達が早くなるのかなと思います。

―昨年国立文楽劇場で上演した「かみなり太鼓」などの新作や、NHK・Eテレの番組「にほんごであそぼ」など、文楽の間口を広げる活動に積極的に取り組んでいらっしゃる師匠ですが、文楽の継承はどのようにあるべきでしょうか。

 一番の命題は、古典曲の継承です。それを行うために様々な活動を通じて根を張るようにしています。新作も、ノウハウ、技術、曲など様々な要素はすべて古典の中から持ってきています。とにかく、義太夫節をきちんとした形で次の世代に伝えていかなくてはならない。おかしな声や調子で次代に残っては困るのです。面白くて、音楽的にも成立して、感動していただけるものでないと。
 きちんとした形で次代に伝えるには人材と才能が必要です。そのためには裾野を広げる必要があります。いろいろな人、つまり厚い人材の層があって、そこから中心となる人が出て初めて成立します。才能のある人が努力し、研究して、きっちりした形で稽古する必要がある。ただし、人には手の大きさ、指の長さ、筋肉の質など身体的な違いがありますので、他人にはどう違うのかわからない部分があります。感覚や核心について、教えられることと、教えられないことがあり、その辺りは非常に難しい世界です。
浄瑠璃にしても同じ演目でも演者により表現の違いがありますが、どちらも面白い、どちらも成立しています。大事なことというのは師匠や先輩方から習っているので、教える時は、この人にはどのような表現方法が相応しいか考えています。
 次の世代に伝えることは、リレーでバトンを渡すことと同じです。とにかく私が持っているもの、昔聴いた演奏も含めてなるべく多くのことを伝えたい。ノウハウを教えますから、きちんとした形で次へ渡してほしいと思っています。

―最後にどんな人に文楽の世界へ来てほしいですか。文楽を志す若者へ、三味線の魅力とともにメッセージをお願いします。

 とにかく素直な人に来てもらいたいです。どこまで行っても人間性が重要です。いい加減な人は全部淘汰されますし、芸や技術が進めば進むほど、最後は人間性が問われます。でないと努力もしていかれないですしね。
 義太夫三味線は聴いても面白いし、弾くともっと面白いものです。音が特殊で豪快なものから繊細なものまで何でも弾くことができます。振れ幅が広いので、人それぞれに独自のものを表現できる可能性があることが魅力でしょうか。この楽器にしかできないこと、表現の方法をいろいろなことに応用していけたらと思います。ぜひこの魅力に触れていただきたいですね。

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