イベントレポート

あぜくらの集い
国立劇場開場50周年特別企画 「舞台稽古への招待」

開催日:平成28年10月2日(日)
場所:国立劇場大劇場、伝統芸能情報館3階レクチャー室

今回のあぜくらの集いでは、五十年間のご愛顧に感謝の気持ちを込めて、10月歌舞伎公演『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』第一部の舞台稽古見学と、お話「歌舞伎の幕が開くまで─舞台監督の仕事を中心に」をお楽しみいただきました。


初日前日の舞台稽古を特別に見学

貴重な舞台稽古見学

まず皆さんには大劇場の二階客席から『仮名手本忠臣蔵』大序の舞台稽古をご見学いただきました。初日を翌日に控えた舞台上では、俳優とスタッフが衣裳や小道具、大道具などの確認作業を行っています。多くのスタッフが行き交い、大道具を叩く音も響きますが、舞台には緊張感が漂っています。

定式幕が閉められると、本番同様に開幕を待つ状態となります。口上人形が登場して、エヘン、エヘンと咳払いをしながらユーモラスに配役を紹介すると、いよいよ大序の幕開きです。四十七の柝の音に合わせて通常よりもゆっくり開けられる幕、荘重な鳴物「天王立下り羽(てんのうだちさがりは)」、竹本の語りで登場人物たちに次々と魂が入っていく「人形身(にんぎょうみ)」など、大序ならではの儀式的な演出が続きます。

舞台稽古は途中で流れを止めることなく、本番通りに大序の幕切れまで進みました。高師直(市川左團次)に恥辱を受けた桃井若狭之助(中村錦之助)が、怒りに震えて刀に手をかけたところを、塩冶判官(中村梅玉)が制します。大序が終わると再び幕が開き、舞台上で素早く確認作業を行います。そして大きな盆(廻り舞台)が廻り、続く二段目、桃井館の舞台装置が見えてきました。

見学はここまで。皆さん息を詰めて見つめていらっしゃいました。

舞台裏の仕事

続いて場所を移し、国立劇場制作部舞台監督美術課の杉山美樹さんより、歌舞伎公演の初日までの流れに則して、舞台監督の仕事を中心にお話しいただきました。

舞台監督の仕事のメインは舞台を滞りなく進行させることですが、舞台に関わる費用などのマネージメント、公演終了後の記録の整理も大切な仕事です。

演目が決まると、再演の場合、まず上演記録の調査から始まります。『仮名手本忠臣蔵』のように過去に度々上演された作品でも、演じる俳優によって舞台装置や扮装などが異なる場合もあるので、確認が必要です。主な配役が決まると、関係者に配られる台本を読み込み、俳優の出入りや舞台の転換方法などを頭に入れて想像力を養うことが大切とのこと。記録を書き込んだ台本は「何よりも大切な宝物」だそうで、杉山さんが国立劇場開場二十周年時の『仮名手本忠臣蔵』通し上演に携わった際の台本も持参していただきました。四段目で大星由良之助を演じた十三代目片岡仁左衛門の思い出話も。


開場二十周年記念公演の際の杉山さんの台本

初日の約三週間前には、大道具、小道具、衣裳、かつら、床山などの発注会議を行います。各業者に発注する際に使用するのが、各場面の配役と発注内容を記した「附帳」です。


今回の上演に使用した「附帳」

大道具は実物の五十分の一の縮尺で「道具帳」を描きます。ちなみに『仮名手本忠臣蔵』大序の鶴ヶ丘八幡宮の大銀杏は、歌舞伎では黄色ですが、文楽では戯曲にある「如月下旬」に准じて緑色。歌舞伎は「銀杏といえばやはり黄色」というイメージを優先し、文楽は写実を基本とするという、両者の違いも興味深いところです。


歌舞伎と文楽の「道具帳」を比較しながら

小道具には、屏風や火鉢などの「出道具」と、刀や草履、烏帽子などの「持道具」があります。舞台に登場する動物も小道具に含まれ、『仮名手本忠臣蔵』であれば、五段目の猪が有名です。

衣裳は、師直の黒、判官の黄(玉子色)、若狭之助の水色(浅葱色)という計算されつくした配色が魅力。また、初代中村仲蔵が工夫した五段目、斧定九郎の黒の着流しも印象的です。

俳優の頭の形に合うように銅板を叩き込み、毛(髪)を植え付ける「鬘」、役柄に応じてさまざまな髪型に結い上げていく「床山」も、役柄を表現する重要な要素です。

短くも凝縮された稽古

いよいよ初日の四、五日前には稽古場での稽古が始まります。通常の演劇公演では稽古に一ヶ月ほどかけるそうですが、歌舞伎の稽古は長くても五日程度。今回の『仮名手本忠臣蔵』第一部は三日です。稽古場に出演者・劇場スタッフが会する「顔寄せ」に始まり、出入りや居所を確認する「立稽古」、三味線やお囃子が入る「附立(つけたて)稽古」、そして稽古場での最終日はツケ打ちなども入る「総ざらい」となります。

大道具を確認する「道具調べ」では、舞台監督には、出演俳優からの要望に即座に応える対応力が求められます。また、翌日の舞台稽古までに、舞台進行表を作成します。各場の俳優の登退場、時間、転換の手順などがこと細かに記されており、この進行表の出来次第で舞台稽古の流れが決まるというほど重要とのこと。そして、舞台稽古を経て、初日を迎えます。「初日の幕が開くまでが仕事の半分を占め、あとは千穐楽まで、つつがなく舞台を終えることが舞台監督の務めです」と杉山さん。


舞台監督の仕事について語る杉山美樹さん

このように、各部門のスタッフたちがそれぞれの持ち場で努力と創意工夫を重ね、責任を果たすからこそ、無事に初日を迎えられることが良くわかりました。貴重な舞台稽古の見学と、舞台裏を支える頼もしいスタッフの仕事に触れる「あぜくらの集い」となりました。

(取材・文/市川安紀)

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