イベントレポート

国立演芸場開場三十五周年記念
あぜくらの集い

「五代目柳家小さん名演集と座談会」

国立演芸場の開場三十五周年を記念して、「五代目柳家小さん名演集と座談会」を開催いたしました。落語協会会長を長きにわたり務め、落語界では初の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された五代目柳家小さん。人情味あふれる話芸と親しみやすい風貌で広く愛された名人でした。国立演芸場こけら落とし公演にも出演されており、今年はその十三回忌にあたります。6月27日のあぜくらの集いでは、五代目小さんの懐かしい記録映像と、縁の深い方々による座談会を開催しました。

まずは「小さん名演集」として、『親子酒』(昭和54年/国立大劇場)、『粗忽長屋』(昭和54年/国立演芸場)の記録映像二本を上映。似た者親子の酔態、自分も他人もわからない粗忽者のシュールさという人物描写も味わい深く、60代半ばの円熟期にあった五代目小さん(以下“五代目”)の名演を堪能していただきました。

『親子酒』上演の様子 画像
『親子酒』上演の様子

 続く座談会では、演劇・演芸評論家の太田博氏を司会に、三遊亭金馬、六代目柳家小さん(以下“六代目”)、柳家小里んの三師匠が登壇。「五代目小さんを語る」と題して、思い出話に花が咲きます。

座談会の様子 画像
<司会>太田博      三遊亭金馬      六代目 柳家小さん      柳家小里ん

 食いしん坊で知られた五代目だけに、“食”にまつわる話題もいろいろ。中でも時代劇の大スター・市川右太衛門を囲む「三日月党」には、“家老”を自認した五代目を筆頭に、多くのスター俳優や芸人たちが集ったそうです。五代目と長い付き合いのあった金馬師匠も“党員”で、「くだらないけど楽しい会でしたね。右太衛門さんを『殿!』なんて崇め奉って(笑)」と当時を振り返ります。五代目の長男である六代目、昭和44年に五代目に入門した小里んの両師匠は、若手の余興係だったとか。三人揃って元気よく“党歌”を披露するなど、楽しい会の様子が伝わってきました。ほかにも、薄く伸ばした肉を揚げたトンカツを皆で食べる「ペチャカツの会」など、五代目と“食”との話は尽きません。

三遊亭金馬 画像
三遊亭金馬

 さて、肝心の落語の話も。「五代目の話し方が好きだった」という金馬師匠は、五代目に噺を教わりに行くこともあったそうです。金馬師匠が明かしてくださったのはこんなエピソード。「最初に教わったのは『たぬき』。でも、五代目の噺を『面白いなぁ』なんて聞いてたら、ついオナラしちゃって。何も言われないから聞こえなかったのかなと思ったら、しばらく経って大笑いされた(笑)」。笑いをこらえている二人の姿が想像できます。

 一方の六代目は、師匠であり父親でもある五代目から「噺家になるか?」と問われ、「今の(柳家)小三治さん、(鈴々舎)馬風さんたちがみんな楽しそうに見えて、きっと楽しくてラクな商売だろうと(笑)」噺家になることを決めたのだとか。その六代目も、五代目から手取り足取り噺を教わったことはあまりなかったそうで、「親父の場合は噺のポイントを教えるという感じでした。たしか最初に『大工調べ』か何かは教わったとは思いますけど。だいたいは上のお弟子さんから教わりましたね。ただ、『覚えた噺を聞いてください』と言うと、時間のある時に聞いてくれました」。

六代目 柳家小さん 画像
六代目 柳家小さん

 小里ん師匠も同様で、五代目が自分の弟子たちに直接噺を教えるということはあまりなかったと語ります。「師匠も先代の師匠(四代目)から一席も教わってないそうですよ。僕が直接教わったのは『大工調べ』と『粗忽長屋』くらいかな。うちの師匠は、『噺を覚えることが稽古ではなく、覚えてからが稽古』という考え方。『俺はこういう風にやらないけど、先代の師匠はこうやっていた』『誰それさんはこうだった』なんてことをよく言ってくれるんです。こちらの噺を聞き終わってからがずいぶん長かったですね」。

柳家小里ん 画像
柳家小里ん

すると金馬師匠も、「うちのオヤジさん(三代目金馬師匠)も一杯飲んで機嫌がいいと、『先代はああやっていたよ』『あれは昔の誰それと同じ型だね』なんて話してくれました。それが一番の稽古になるんですよ」と納得の様子。きっちり噺を覚えることに重きを置くのではなく、噺の真髄やツボを伝えること──数多くの弟子を抱えた五代目流の“弟子の育て方”が、皆さんのお話から浮き彫りになりました。

座談会の様子 画像

代表作『笠碁』の味わい

 また、司会の太田氏が五代目のもうひとつの特色として“間”や“しぐさ”を挙げると、「まず、あの丸い顔が卑怯です。あの顔だけでひとつ落語が出来上がっちゃう。私はいつか丸くなるかと思ってたのに」と、ほっそり顔の六代目は怨み節(?)で湧かせます。
 金馬師匠は「悔しいけれども、五代目に教わった噺はどうやったって敵わない。これから皆さんがご覧なる五代目の『笠碁』は特に好きですね。碁好きのおじいさんが店でブツブツ怒っているところなんて、いいんですよね」。
 座談会の後の締めには、その金馬師匠が賞賛する五代目の『笠碁』(平成5年/国立演芸場)の上映です。「喋っていない時の小さん師匠の表情に注目して聞いていただければ」と太田氏が語れば、小里ん師匠も「二人しか出て来ない噺なのに、聞き終わった後に二人だけとは思えない。必ず周りに人がいたように終わるんです」。
 碁好きのご隠居二人、憎まれ口をきき合っても、友と呼べる存在はお互いだけ。ささいなことで喧嘩をしては仲直りを繰り返し……という幼なじみ同士の心情が、雨の情景と共に目の前に浮かぶような五代目の名演でした。

あぜくら会では今後もこのような伝統芸能への理解を深める会員限定イベントを企画してまいります。皆様のご参加をお待ちしております。

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