現代能楽考「祈り」

国立能楽堂
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【トピックス】「祈り」のエネルギー

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鎮魂と祈りを、文化と心の在りように

中沢新一さん

人類学者/思想家/宗教学者

2海民の移動と名取の遊女

――人間が軽くなった頃、「名取ノ老女」も上演されていたようです。

根底にある〝お金〟の力によって、室町時代から日本社会は大きく変わった。そのお金を持って〝移動〟していた人たちはだれかと言うと、農民ではないのです。農民は大地から米を収穫しそれが財産になって生きている。お金を持っていたのはそういう土地を持たない海民です。交通機関が発達したということもありますが、海民が自由自在に動き出します。お金の力と軽さが、人間の移動を可能にしたんですね。熊野は海民の世界で、新宮から入るとそのことがよく分かります。熊野権現を祀る社殿は川の中洲に造られていて、川が氾濫したら流れてしまう場所にある。でも、流れてもいいという感覚なんです。川の合流点、水の合流点に神さまを祀るという感覚はとても海民的です。天皇家の神さまである天照大神(アマテラスオオミカミ)は伊勢に祀ってありますが明るい海洋に面した場所で、その精神を山の中に持って行ったのが熊野なんじゃないでしょうか。伊勢も海民の世界で熊野と近いんです。そういう大きな影響力を持った海民の熊野信仰が、東北にまで延びていきます。

僕はこの「名取ノ老女」は、遊女じゃないかと思うんです。あの人は熊野詣でにしょっちゅう行ってるでしょう。どうやって行ったかというと、船以外には考えられない。東北から熊野まで相当な距離ですが、室町時代の軽さで結構自由に移動するようになる。名取に住まいしていた老女も、船に乗って熊野へ行く。海の世界、海民が、熊野と東北までも繋ぎます。「名取ノ老女」は毎年熊野に行って、途中の港にいる顧客相手に商売し、ポケットマネーを持って熊野に行く。そういう熊野詣でをしていた遊女はたくさんいて、音阿弥もきっと、そういう背景でこの曲を書いていると思うのです。このおばあさん、すごく自由な人だったと思います。財産家でお金を持っている、道中では仕事もこなす。だから旅行なんかは平気です。

――山奥に暮らす貧乏な老女というイメージでしたが、印象が変わります。

「名取ノ老女」という話は、そういう意味では色々と含みがあっておもしろいですね。室町時代の芸能哲学というのは、切断して、くっつける、ということですべてが成り立っています。一番の典型は連歌(れんが)です。連歌というのは、一句一句が全部切り離されていながら、それが繋がって全体構造を作る。前の句とのイメージが強く繋がってはいけないんです。親父ギャグみたいになってしまうから、音を引きずるのもイメージをずるずると引きずるのもしてはいけない、切らなければいけない。切っていながら、繋がって行くという絶妙なことをしている。それは、お金と共通します。お金は、人間と土地の関係を切って、繋げるんです。能もそうですね。それまであの世とこの世、生死も渾然一体の世界、「翁」の状態だったものを、生者と死者の世界に分けて、切断する。能の典型的な構成は、前場でまず生死を切断しておいて後場で繋ぐ。そして繋いだまま神仏の世界に昇華させるのが、「祈り」と呼ばれる構造です。それはつまり宗教の構造です。それで終わる作品もあるし、昇華して神さまになったり昇華せず終わったり、単なる死霊では収まらなかったりもします。源平合戦なんかで死んだ武者は自分がいかに戦ったかを語って消えていくわけですが、それは昇華されていない。地獄に戻ったりね。いくつかの作品では昇華されて、主人公は神仏の世界に迎え入れられる。「名取ノ老女」がその形をとりますね、護法善神が出て来てすくい取る。能の基本構造の〝切って繋ぐ〟は、室町時代の世界の原理です。

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