日本芸術文化振興会トップページ  > 国立劇場あぜくら会  > いとうせいこうが聞く“文楽鑑賞の極意!” 国立劇場5月文楽公演その2 「碁太平記白石噺」

シリーズ企画

いとうせいこうが聞く“文楽鑑賞の極意!” 国立劇場5月文楽公演その2 「碁太平記白石噺」

いとうせいこう(以下いとう)
続いて『碁太平記白石噺』ですが。
文楽マニア(以下マニア)
 こちらは江戸の通人たちによって書かれた作品です。作者の紀上太郎(きのじょうたろう)は豪商・三井次郎右衛門で、立川焉馬は大工の棟梁で、落とし噺の会を主宰し、そこから様々な落語家が登場したことから落語中興の祖とされた人物。また、容楊黛(ようようたい)は医者だったと伝えられています。江戸の浅草や吉原が舞台になっているのも江戸生まれの浄瑠璃ならではです。
いとう
 上方の芸能に新しい血が入った。平賀源内なども書いていますね。
マニア
ええ。『神霊矢口渡』ですね。他に江戸生まれのものに『加賀見山旧錦絵』などがあります。
いとう
 では、内容を。
マニア
はい。奥州白石の姉妹が父の仇を討つ物語ですが、姉の宮城野は吉原の美しい傾城で、妹のおのぶは奥州育ちという姉妹の対照的な人物設定が巧妙で、「わんら国さあ奥州、だだあ(父)やがあま(母)に様子あつて別れ申して、お江戸さあはあらく盛る所だあと聞き…」というように、おのぶのセリフに効果的に奥州訛りが使われています。
いとう
 大夫の語り、聞きどころですね。
マニア
「浅草雷門」では、故郷から姉を探しに江戸にやってきたおのぶは金貸し観九郎にいとも簡単に騙され、身を売られそうになりますが、この辺りにも、おのぶの奥州育ちの素直さが感じられます。
いとう
 人物像をきちんと描いているわけですね。
マニア
「浅草雷門」では、手品師どじょうの口上から幕を明け、華麗な手品を披露します。後半でも、おのぶが身を売られそうになっているのを見かねた大黒屋惣六が観九郎に五十両を渡すのですが、この金をどじょうが地蔵になりすまし、まんまと観九郎を懲らしめて金を巻き上げるという楽しい場面が続きます。
いとう
 そういう段にこそ描写力が必要だって言いますもんね。楽しく見逃さずじっくり見ます。

宮城野

宮城野

マニア
あ、そうそう、5月の配役入りチラシの人形は傾城宮城野ですが、本を手にしていますよね。これは『曽我物語』です。曽我十郎・五郎兄弟が父の仇の工藤祐経を永年の苦労の末に富士の裾野で討ち果たすという仇討話で、赤穂事件、鍵屋の辻の決闘と並び日本三大仇討のひとつとされています。姉妹が仇討を思い立つのも、『曽我物語』の兄弟の仇討を思い浮かべてのことであれば、それを聞いていた大黒屋惣六が逸る姉妹を諌めるのも『曽我物語』を引用してというように、『曽我物語』が「新吉原揚屋」のキーワードになっています。
いとう
 なるほど。仇討ちは古典芸能の重要なテーマ、ことに曽我兄弟は鎮魂の対象ですね。それを女性に入れ替えた面白さ。
マニア
今回、吉田文雀のおのぶ、吉田和生の宮城野という師弟共演で姉妹を遣います。
いとう
 実際の人形遣いの方のドラマと登場人物を重ねる。それも古典ならではの愉楽です。存分に味わせていただきます!

公演情報詳細

国立劇場5月文楽公演 その1 「祇園祭礼信仰記」へ⇒