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国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくら特別企画
鼎談「今様、中世歌謡の魅力」


左から東京大学准教授の沖本幸子さん、箏曲家の下野戸亜弓さん、雅楽師の豊英秋さん


  3月企画特別公演『詩歌をうたい、奏でる-中世と現代-』に先立ち、東京大学准教授の沖本幸子(おきもとゆきこ) さん、出演者である雅楽師の豊英秋(ぶんのひであき)さん、箏曲家の下野戸亜弓(しものとあゆみ)さんにお集まりいただきました。お三方にとって、今様(いまよう)をはじめする中世芸能の魅力とはどのようなものでしょうか。それぞれの中世歌謡との関わりを語っていただきました。


◆中興の祖、後白河院

 平安時代中期から鎌倉時代初期にかけて流行した歌謡が「今様」です。いわば「今風の歌」のことで、人々の心のうちや都市のにぎわいを活写する多彩な歌の数々は、庶民だけでなく貴族にも広く愛好されました。
 それまで雅楽が芸能の中心だった宮廷でも流行し、特にその魅力に取りつかれたことで知られるのが、後白河院(1127~1192)です。『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』は後白河院が編纂した今様の歌詞集で、中世芸能を研究する沖本幸子さんは、特にその芸論書『梁塵秘抄口伝集』(以下『口伝集』)に心惹かれたと語ります。
 「『口伝集』の中で後白河院は、夜となく昼となく今様を歌い続けて声を潰した、喉がはれて湯水が飲めなくなっても歌った、などと書いています。どうして帝王でもある人がここまで夢中になるのか、興味をかき立てられました。今様は後白河院の曾祖父である白河院の時代に宮廷に流行歌として入ってきたもので、後白河院はその伝承が危なくなってきた時代に今様に熱中し、自分自身が習い、集め、残そうとした。今様は後白河院の時代に流行したというイメージがありますが、むしろ彼は、危なくなりそうな芸能を集めて復興させたんです。今様そのもののおもしろさと同時に、形にないもの、消えていくものをなんとか伝えようという後白河院の熱意から生まれた、『口伝集』の表現の豊かさにも惹きつけられます」


◆空に澄みのぼる声

  プロとしての今様の歌い手は女性で、「女性の声の晴れやかさ、高音部分の美しさに魅了されたのではないか」と沖本さんは語ります。 
 「清少納言は『長くて、くせづいている』と評していますが、現存する楽譜を見ても、言葉の一音一音が長く、技巧的に装飾されています。今様を歌っていたのは川沿いを拠点とする遊女、街道沿いが拠点の傀儡(くぐつ)という女性歌手たちで、『更級日記』にも、足柄山で出会った女性芸能者の声が『空に澄みのぼるよう』で、すばらしかった、と書かれています。力まずにスッと高いところに行けることが理想で、後白河院もその高音を出そうと一生懸命歌っていたようです。それ以前の宮廷歌謡には全て雅楽の伴奏がついていたのですが、朗詠・今様はアカペラの歌で、声の美しさ、声技の巧みさが競われた時代だと思います」


◆庶民の文化が貴族社会へ

 沖本さんによれば、平安後期は「貴族が庶民の文化に強く興味を持った時代」でした。
 「平安中期まで庶民と貴族は隔絶され、宮廷は独自の文化を作っていました。でも文化が成熟すると、必ず新しい刺激が求められていくもの。平安後期から鎌倉時代にかけては、庶民の文化を取り入れながら貴族の文化が活性化していく時代だったといえます」「白河院の時代には、貴族がまるで庶民のようないでたちで田楽という流行芸能に興じましたし、後白河院は、庶民とも一緒に今様を歌ったのです」
 そうした時代の中で、元来は神事である新嘗祭に伴って行われていた五節は、やがて年に一度、宮廷で行われる賑やかなお祭り騒ぎの場と化し、淵酔(えんずい)と呼ばれる酒宴の場に今様をはじめとする流行芸能が次々と入りこんでいきます。 
 今様の次、後白河院時代頃から流行したのが、白拍子や乱拍子といった新しい芸能でした。白拍子というと静御前などの女性芸能者の名前と思われがちですが、白拍子も乱拍子も共に元々は芸能のジャンル名です。リズミカルな芸能で、宮廷では乱舞、即興舞の芸能として流行し、五節の淵酔でも興じられました。 
 「白拍子の歌詞は『水尽くし』(水白拍子)、『別れ尽くし』(別れの曲)などの物尽くしが基本で、白拍子は『歌う』と言わずに『数ふ』と言います。今様のようにメロディアスに声を伸ばしていくのではなく、一つのテーマに沿って色々なものを数えあげていく、そうしたリズムを大切にしたスタイルでした」


◆始まりは流行芸能

 国立劇場では『梁塵秘抄をめぐって』(1973年)、『五節間郢曲事(ごせちのあいだのえいきょくのこと)』(1974年)にも出演している豊英秋さんは、演奏家の立場から、今様を歌う際に重要なのは「音の移り変わり」だと語ります。
 「雅楽師にとって歌は一番の基本です。今様はクッキリと音が変わるのではなく、何気なく変わっていくところに特徴があります。『あ』から『い』へと、母音を柔らかく、長く伸ばしていく。今の人でしたらアナウンサーにはなれませんね(笑)。無伴奏で歌うのは大変ですが、拍子がないという点も実に面白い。拍子がないと自由になるので、それぞれの個性が出ます。感情も入りますし、泣かせるような、演歌に近い印象もありますね。雅楽の場合はどちらかというと襟元を正して聴くものと思われがちですが、今様は少しくだけた、お酒を召しながら大らかに楽しむような、自由な雰囲気が魅力ではないでしょうか」 
 箏曲演奏家として、箏、三絃、歌を通じて日本音楽の楽しみを現代に伝えている下野戸亜弓さんは、万葉集を素材にCDをリリースするなど、古典に深い関心を寄せています。今回の公演で披露するのは「水白拍子」です。 
 「私は中世歌謡のテキストに惹かれます。言葉の響き、イントネーションなどからインスピレーションを感じて、曲を作りたくなりますね。中世の言葉は大らかさがあって、今の時代でも理解しやすく、感情を入れやすいんです。現代の日本語にすると幼かったり、エロティックすぎるかなと思う言葉も、叙情があって音楽になりやすい。語るように歌い、歌うように語る。自分の素直な感情で自然に歌うことを心がけています」
 豊さん、下野戸さんのお話に頷きながら、沖本さんは「5日のプログラムでは、白拍子との比較や、最近紹介された譜からの復活上演を通して、今様の多様な魅力を、6日のプログラムでは、今様だけでなく様々な流行芸能に興じていく五節の酒宴の芸能の楽しさを味わって頂ければと思います。どんな伝統芸能も、最初は流行芸能でした。流行芸能を取り入れて宮廷芸能が新しい時代に向かっていく、そんな時代の空気を感じとっていただければ」と、現代において今様などの魅力に触れる醍醐味を語りました。 
中世歌謡の世界を知ることで、大らかな伝統芸能の楽しみ方が広がりそうです。

 

 

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