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国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「初芝居と晴れ着」

開催:令和2年1月8日(水)
場所:国立劇場伝統芸能情報館3階レクチャー室


講師の中川俊宏さんとゲストの大久保信子さん


  2020年幕開けの「あぜくらの集い」は、初春歌舞伎公演にちなみ、『初芝居と晴れ着』をテーマにした講座です。講師には歌舞伎に造詣の深い武蔵野音楽大学教授の中川俊宏さん、ゲストに江戸着物研究家で着物スタイリストの大久保信子さんをお迎えし、江戸の昔から令和の現在まで、劇場が華やぐ初芝居を見物する楽しみを伝授していただきました。


◆初芝居の吉例「曽我狂言」

 まずは中川さんから、初芝居にまつわる様々なお話をしていただきました。
 江戸時代の歌舞伎の初芝居で必ず上演されていたのが、曽我十郎・五郎兄弟が親の仇である工藤祐経を討つ、いわゆる曽我狂言です。享保年間、中村座・市村座・森田座の江戸三座の初春興行で曽我狂言を上演したところ、大当たり。以後、正月といえば曽我狂言が吉例となったそうです。
 「『寿曽我対面』、歌舞伎十八番の内『矢の根』『助六』など、現在でも数多くの曽我物が上演されています。江戸の侠客、男伊達の花川戸助六が鎌倉時代の曽我五郎であるはずがないのですが、無理やり曽我ものに結びつけていました。マンネリでも毎年続けていると、それが正月らしい風物詩になり、江戸の人々は〝今年もお正月が来たね〟と実感できたのではないでしょうか」。


◆顔見世から初春興行へ

 「門松は新しい年に遠くからやってくる年神様(歳徳神)の目印=依代として立てられますが、能舞台の鏡板に描かれている松の絵も同じ役割を果たしています。能楽の翁はその依代を頼りに遠くからやってくる神様です。能役者が翁の面をつけた瞬間神様に変身し皆の幸せを祝すのです。三番叟はその土地に住みついている精霊のようなもので、翁が去ったあと三番叟が同じように幸せと豊かな暮らしを祈るという二段構造になっています」。

  江戸時代の芝居の世界で、1年で1番大事な興行が11月の顔見世であったそうです。
「顔見世は〝今年1年この顔ぶれで芝居を上演します〟という披露であり、俳優にとっては人事異動と昇給の月です。江戸三座では顔見世興行の初日から3日間、明け六つ(今の午前6時頃)から『翁渡し』という能の『翁』の歌舞伎版を行いました」。

 「元日は『翁渡し』に続いて『仕初め』という儀式も行われます。俳優や狂言作者が舞台に並んで座頭が新年の口上を述べ、上演する演目と配役を読み上げます。国立劇場でも平成17年のお正月に復活して、初春歌舞伎の初日に仕初め式が行われました」。

 顔見世や初芝居にちなんで詠まれた江戸時代の川柳なども紹介され、「せわしなく日々を送っている現代人も、正月はのんびりした気分に浸れる時。伝統芸能の公演はもっとも日本人らしいお正月気分が味わえます。客席が華やかで祝祭的な空気に満ちていると、演じる俳優さんも顔が輝くのではないでしょうか」と中川さんは語ります。


◆着物は自分が楽しみ、人を楽しませる

 続いて登場した大久保信子さんは、東京・日本橋に三代続いた木綿問屋に生まれ、幼い頃から歌舞伎見物が一家の恒例行事でした。雑誌やテレビなどの着物のコーディネートや着付けを数多く手がけ、「着物スタイリスト」の先駆けとして活躍しています。
「歌舞伎からいろいろ勉強させていただきました。歌舞伎は衣裳をパッと見ただけで、その人の性格や役柄がわかりますよね。〝赤姫〟と呼ばれるお姫様は赤い着物を着ています。お姫様は可愛いですよね。成人式の晴れ着も赤やピンクの着物を着せると、誰でも可愛くなるんですよ(笑)」。

 会場では「初芝居に着ていく着物」をコンセプトに、娘・母・祖母の三世代それぞれに似合う着物のコーディネートを披露していただきました。
「お正月だからと言って、新しい着物を着なくてもいいのです。帯締め、帯揚げ、腰紐、肌襦袢など、何か一つでも新しいものにすると〝今年最初〟という感覚になると思います」。「この季節なら梅の柄の付け下げに、帯締めには春らしく若竹色といった具合に、着物は季節感を大切にします。もしもその日に観る演目が『助六』なら、どこかに紫や玉子色を使ってみるのもいいでしょう。でも自分から〝これ『助六』の色なの〟なんて言うのは粋ではありません。人に訊かれたら〝そうよ〟ってさらりと答える。それが江戸っ子の着物の楽しみ方です。自分が楽しみながら着物を着ることが一番です。その姿を見た人も楽しませるという感覚で着られるようになると、一段と劇場での着物姿が引き立つと思います」。

 ここで再び中川さんも加わり、「晴れ着」という言葉の由来、男性や若い世代の着物の着こなしについて、江戸の庶民に許された「藍」「茶」「鼠」の3色のこと、着物と帯との関係など、多岐にわたる芝居と着物談義が繰り広げられました。
 日本舞踊を稽古していた大久保さんの心に残っている舞台のひとつが七代目尾上梅幸丈の『藤娘』。「小さい頃に拝見して、〝わぁ素敵!〟と夢中になりました。ぽっちゃりされているのに、それをちっとも感じさせなくて。歌舞伎の衣裳では『直侍』の三千歳が好きです。緋と藍の色の組み合わせがいいですね。芝居ならではの姿なので真似はできませんけれど」。

 着物姿の方も多く見られた会場からは、着付けのマナーや着崩れしない腰ひもの秘密、歌舞伎の衣裳への疑問など、さまざまな質問がありました。最後に今日の集いのお手伝いに駆けつけてくださった大久保さんの着付教室の生徒さんたちがズラリと並び、「芝居見物を想定した着物」の見本市に。実践的内容も含んだ、ユニークな「あぜくらの集い」となりました。

 

 

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