国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの夕べ
「能の身体・狂言の身体」

開催:令和元年7月16日(火)
場所:国立能楽堂・能舞台


今回の「あぜくらの夕べ」では7月・8月の「国立能楽堂ショーケース」に先立ち、能・狂言をテーマに取り上げました。立教大学教授の横山太郎さんに、能・狂言の型やわざの伝承、身体の用い方の違いなどについて講演いただき、ゲストとして能楽師の大島輝久さん、狂言師の山本則重さんをお迎えし、実演を交えた貴重なお話を伺いました。


解説の横山太郎さん


◆能・狂言の身体表現の歴史 

まずは横山太郎さんから、能・狂言の身体表現の歴史についてのレクチャーです。「型の芸術」といわれる能・狂言は台本も身体表現もパターンの組み合わせでできていますが、古い時代は現在に比べて即興的・写実的な演技が行われていたのだとか。
「世阿弥の『風姿花伝』でも、女性はいかにも女性らしい身ぶりや着物の着方を、また物狂いを演じるときにはどこか取り憑かれたような顔をしなければならない、などと書かれています。役柄によって立ち方や歩き方も違っていました。狂言も初期は演技が非常に流動的で、臨機応変かつチャレンジングな笑いを生み出す活動をしていたようです」。
 その後、能では世阿弥が「天女舞」という舞を取り入れたことで、現在に至る演技の方向付けがなされました。「これは音楽も舞も象徴的で抽象的なものです。16世紀終わり頃のマニュアル本では、腰を据えて身体に非常に強いエネルギーを保つ、現在の〈構え〉と言われる基本姿勢が書かれています」。現在のような「すり足」が確立するのは江戸中頃になってからで、「身体の強度や抽象的な美しさが高まり、現在に至ります」と横山さん。能・狂言が「型の芸術」として洗練されていく過程を、的確に解説していただきました。


◆「構え」の基本は腰にあり 

続いて能楽シテ方喜多流の大島輝久さん、能楽狂言方大蔵流の山本則重さんにご登場いただき、横山さんを進行役に、能・狂言における身体表現について実演を交えてのお話しです。
 まずは基本の身につけ方から。「構え」は、「子供の頃から繰り返すうちに自分で確立していく感じですね。ほかのスポーツと同じく、腰がすべて。〈腰を据える〉とは〈腰を落とす〉のではなく、〈重心は落ちているけれど、腰は上がっていないといけない〉」と大島さん。狂言では「背筋を伸ばし、顎を引き、腰を入れ、かかとの裏に紙一枚が入る程度に前かがみになることが基本姿勢です」と山本さん。山本さんは、寿司屋のカウンターに並んだカニを見た大島さんが、思わず「いい<構え>をしてるな……」と呟いたという、楽しいエピソードも披露し、会場を和ませてくださいました。
 足の「運び」については、「流儀によっても違いますが、すり足で大事なのは、地面から離れないよう、かかとや爪先を上げないように動くこと。身体を動かさない平行移動が基本なので、動く歩道に乗っているようと言われることもあります(笑)」と大島さん。狂言大蔵流の運びは能に近く、山本さんは「山伏や鬼の場合は大きく、太郎冠者では足幅程度に。かかとは柔らかく、返らないようにと注意されます」。


◆まずは大きく─稽古のプロセス

さらに横山さんが稽古のプロセスについて尋ねると、山本さんは「狂言は台詞と仕草の対話劇と言われますが、基本は謡と舞なので、最初は舞の稽古から。〈構え〉を習得し、とにかく大きな声を出しなさいと言われます」。大島さんも「型でも謡でも、〈目一杯大きく〉ということは言われますね。子供の頃から能舞台という空間に対峙し、そこから発散するエネルギーの大きさを身につけたら、役によってその出し方を変化させていきます」。
 今ではそれぞれわが子に教える立場となり、「私を教えてくださった方たちはさぞ苦労しただろうと、教える側になってわかりました」と大島さんが笑えば、山本さんも「息子は初舞台を来年に控えて舞の稽古を始めたところですが、試行錯誤の連続です。自分も勉強しながら教えています」。共に「教えることで教えられる」という言葉に実感がこもります。


仕舞「玉之段」<海人>大島輝久さん
小舞「海人」山本則重さん

◆それぞれの『海人』玉之段

そして最後に、『海人(あま)』の玉之段をそれぞれ披露していただきました。互いに同じ曲を見比べるという珍しい経験に、「とても似ていて驚きました」と口を揃えるお二人。横山さんも「極めてハイレベルな身体能力の舞を見させていただきました。お能は中世の香りがあり、繊細なエネルギーを感じます。狂言は室町的でメリハリやリズムがあって、その違いも面白いですね」と感服しきりです。
 お互いにこのような機会はないので「勉強になりました」というお二人。今後はについて大島さんは「身体が動く間に高度な身体技法を身につけたい」、山本さんは「内に力を溜め、出す力は抑えるバランスを勉強したい」と抱負を語りました。  能と狂言の違いを身体表現から具体的に探るという貴重な機会となりました。  



あぜくら会ではこれからも会員限定の様々なイベントを開催してまいります。皆様のご参加をお待ちしております。

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