国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「復曲素浄瑠璃を聞く会」―公開録音に立ち会う―

開催日:2月19日(火)
場所:伝統芸能情報館3階レクチャー室

「姫小松子日の遊」の演奏


 あぜくらの集いでは3回目となる復曲素浄瑠璃の公開録音を開催しました。演目は『姫(ひめ)小松子(こまつねの)日(び)の遊(あそび)─俊寛島物語の段─』。演奏前には早稲田大学教授・児玉竜一さんによる解説、演奏後には竹本千歳太夫さん、野澤錦糸さんを迎えての座談会を行われました。

 

◆もうひとつの「俊寛」

 

 伝承が途絶えた曲の復活は、文楽の演目レパートリーを増やすために大切な試みです。まずは児玉竜一さんから、作品についてポイントを絞って解説していただきました。
 現代の観客には耳慣れない外題ですが、近松門左衛門作『平家女護島』の改作と聞くと、作品の骨格がおぼろげながら見えてきます。大坂竹本座での初演は宝暦七年(1757)。吉田冠子、近松景鯉、竹田小出雲、近松半二、三好松洛の合作による全五段の時代浄瑠璃で、今回試演した「俊寛島物語の段」は三段目の切にあたります。
主人公は、ご存じ俊寛。「今では『平家女護島』の方がおなじみですが、江戸時代の俊寛といえばこちらがメジャーでした。山賊の頭領に身をやつした俊寛が、問いつめられて本名を明かす物語が聴きどころ。そこに至るまでに『え、そんな展開が?』という事柄が起きますので、初めて聴く皆さんもついて来ていただければ……」と笑いを誘う児玉さんのお話に、どんなドラマなのか期待も高まります。
 また、初演では二代目竹本政太夫が大変な好評を得たそうで、「竹本座を代表する太夫であり、『義経千本桜』河連方眼館などの初演でも知られる二代目政太夫の作品が復活する意義も大きいですね」と児玉さん。
二代目豊竹小靭太夫(山城少掾)が復活させた『平家女護島』の人気に取って代わられ、本作は明治35年(1902)以来上演が途絶えていましたが、今回の演奏は実に117年ぶりの復活となります。

 

◆山賊の正体は

 

 いよいよ竹本千歳太夫さん、野澤錦糸さんによる演奏が始まります。
 「俊寛島物語の段」の舞台は、人里離れた洞が嶽にある山賊の隠れ家。その頭領・巌窟の来現の手下どもが誘拐して来たのは、侍の女房お安と小弁という母娘でした。実は来現は高倉天皇の子を宿した小督の局を匿っており、そのお産の世話を頼める女性を探していたのです。いざお産が始まると大の男たちはオロオロするばかりですが、お安と小弁の働きで、無事に玉のような男子御子が誕生しました(後の後鳥羽院)。それを知って「源氏の運が開いた」と口にした来現をお安が問いつめると、来現は自らが俊寛であると明かし、鬼界が島に流されて以来の艱難辛苦を物語ります。
都に残した妻東屋と息子徳寿への思いを吐露する俊寛に、お安は娘の小弁こそが実は俊寛の息子徳寿であると明かします。しかし東屋は無念の死を遂げていたことを知り、俊寛は涙に暮れるのでした……。
 髪・眉毛は茫茫で眼光もギョロリと鋭く、いかにも恐ろしげな山賊の頭領らしい来現の描写、むくつけきその手下たちが慣れないお産に直面して右往左往するユーモラスなチャリ場、見顕わしから先は次々と明らかになる新事実に仰天の連続と、聴きどころもたっぷり。1時間15分余りの演奏はあっという間に終了しました。

 

座談では復曲の秘話も伺いました

 

◆復曲の意義深さ

 

 スピード感あふれる展開と多彩な登場人物の面白さに、演奏後の座談会も大いに盛り上がります。「俊寛の後日談ですね。改めて感じた魅力は?」と尋ねる児玉さんに、「現在上演されている『平家女護島』とのギャップでしょうか。砕けた面白さがあります」と千歳太夫さんが語れば、錦糸さんも「僕らが知っている俊寛とはまるで違う(笑)人間くささが一番の魅力ですね。いつの間にか物語がくるくる展開していく。わからない詞も使われていないですし、語れるように書いてあるんです。このお作はいいですよ」と、本作に魅了された様子です。
作者に名を連ねる三好松洛や近松半二の他作品との共通項を児玉さんが指摘すると、千歳太夫さんも特に〝近松半二らしさ〟は随所に感じたそうで、「物語の起伏をよく考えたうえで盛り上がるように書いてあるのは、職人技という気がします」。
 また、復曲の具体的な手順について説明した錦糸さんによれば、今回残されていた五行本の状態が非常に良かったとのこと。「その中でも一番シンプルで語りやすい部分を残し、繋ぎ合わせました。『ここで俊寛はどういう気持ちか』などと考えている時間が面白いですし、一番の勉強になります。それをいかに膨らませてくれるかが太夫の力量で、千歳太夫さんがいてくれて本当に良かった。(竹本)住太夫師匠も『とにかくまずやってみる。するとだんだん面白くなってくる』と仰っていました」。
 その錦糸さんが「勝手にこちらで拵えるというのは好きではないので」と語ると、児玉さんが「これが大事なご発言で、昔あった通りに出来るだけ戻す、というところに復曲の試みの大切さがあります。自分たちがやりやすい形に引きつけることをしない。それが復曲の価値ですね」と力を込めました。
 「俊寛島物語の段」の最後は登場人物十人が勢ぞろいすることから、もし人形入りで舞台にかけたら「(三人遣いであれば)舞台に三十人並ぶという、コストパフォーマンスの悪い芝居ですね」と児玉さんが会場を沸かせ、「そうなったら一座総出演です」と笑う錦糸さん。また新たな復曲の試みも始動しているようで、「まだ秘密かな……」という千歳太夫さんに、錦糸さんが「近々、カミングスーンということで(笑)」。今後もこうした埋もれた作品の魅力に再び光を当てる復曲の試みに期待したいものです。

 

  あぜくら会ではこれからも会員限定の様々なイベントを開催してまいります。皆様のご参加をお待ちしております。

 

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