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「あぜくらの集い ~江戸写し絵の世界~」を開催しました。

10月7日に開催された、あぜくら会員限定のイベント「あぜくらの集い」の模様をダイジェストで紹介します。
今回は、国立劇場10月特別企画公演「芝居と語り芸 -庶民の娯楽-」にちなみ、劇団みんわ座代表であり、江戸写し絵師“平成玉川文楽” としてご活躍されている山形文雄氏を講師に迎え、「江戸写し絵」の魅力についてお話しいただきました。幻灯器の仕組みや多彩な表現が実演とともに紹介され、興味の尽きない1時間の講演となりました。

“失われた芸能”江戸写し絵との出会い、そして復元上演まで

山形文雄氏
山形文雄氏

江戸写し絵という芸能は、昭和2年にほぼ上演が絶えたといわれています。東京にあった幻灯器や種板(投影するガラス絵)も震災や空襲でそのほとんどが失われ、八王子や秩父といった郊外に辛うじて残されるのみでした。
この“失われた芸能”と私の出会いは、『写真年鑑』で目にした記事でした。各地の学校を回り、影絵芝居を上演してきた私にとって、200年前の日本に、5センチ四方のガラス版に浮世絵を描き、絵に動く細工を施して投影するという技術が存在したことは大きな衝撃でした。これが江戸写し絵の調査に取り組み始めたきっかけです。

調査は手探り状態でした。機材は壊れやすく貴重な資料なのでなかなか見せてもらえない。種板を見てもそれが何を意味するものなのかわかりません。けれども、江戸写し絵の研究者、小林源次郎さんの著書(私家版)『写し絵』を紹介されたことがきっかけとなり、少しずつ復元が進んでいきました。以来、こつこつと作業を続け、1993年には『葛の葉』の復元上演にこぎつけることができました。

西洋からの輸入文化が独自に進化した 江戸写し絵

『だるま夜噺』のデモンストレーション
『だるま夜噺』のデモンストレーション

種板の説明をする劇団みんわ座の田中氏
種板の説明をする劇団みんわ座の田中氏

杉田玄白の『蘭学事始』によると、明和4~5年ごろにオランダから天体望遠鏡やサングラスといったものがさかんに輸入されたようで、1769年にはトーフル・ランターレ、英訳するとマジック・ランタン、すなわち幻灯器が輸入された、とあります。そして、そのわずか10年後には、上方で写し絵が始められていました。1779年に出版された「天狗通」という手品の解説本の中には、幻灯で鬼の姿を投影した様子が書かれています。

こうして始まった日本の写し絵は、西洋の輸入文化をもとに様々な工夫が加えられ、独自の進化をしていきました。
オランダの幻灯“機” は金属製の大変重いもので、機械的な印象ですが、日本では木製で軽いものが作られました。様々な日本的な改良を重ねた木製の専用幻灯“器” は、“機械” というよりは“道具” で、漢字も“器”の方がしっくりします。これを江戸写し絵では理由は定かではありませんが「風呂」と呼んでいます。軽いので手に持って操作することができ、幻灯器ごと動かすことで映像にダイナミックな動きがもたらされました。一つのスクリーンに多くの幻灯器で同時に映像を投影するのも日本独自の工夫です。
また、種板に使うガラスはすでに国産のものがあったようです。風鈴作りの技術をもとに、最初は大変薄いものだったようですが、種板用のガラス板が作られていました。また、動きを表現する様々な工夫が考え出されたのです。
このような日本独自の技術や工夫に、先行芸能である歌舞伎や人形浄瑠璃の要素が加わり、動きのある映像で芝居を見せる、という江戸写し絵が発展していきました。

世界が注目する映像文化へ

2008年にはアメリカ各地で江戸写し絵の公演も行い、その存在は少しずつ世界にも知られるようになってきました。特にヨーロッパの映像文化研究界では、「光学映像によってドラマを表現する」という点で、江戸写し絵はヨーロッパに先んじていたのではないか、といわれはじめています。
これまで、マジック・ランタンから映画に至る映像文化は欧米中心で語られていました。それが、極東に位置する日本が、マジック・ランタンと同レベルで幻灯器や種板を作る技術力を持ち、それを手持ちで動かすという想像もつかない方法で豊かな映像表現を実現していた、という事実は、驚きを持って迎えられています。近年、日本製のアニメーションが世界で評価されていますが、そのルーツと言えるでしょう。世界映像文化史年表の最初に江戸写し絵が記載される、という日も、もしかしたら来るかもしれませんね。

講演の終わりには、幻灯器や種板を間近に触れる機会も設けられ、ご参加の皆様も熱心に見入っていました。あぜくら会では、今後もこのような会員限定イベントを随時企画していきます。皆様のご参加をお待ちしております。