平成31年初春歌舞伎公演│1月3日[木]~27日[日]

独立行政法人 日本芸術文化振興会
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平成31年初春歌舞伎公演

通し狂言|姫路城音菊礎石

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    忠臣の家老が引き起こす播磨国のお家騒動!

    姫路城の天守に潜む怪異の謎?命を賭けた夫婦狐の恩返し……意外性に溢れた展開と趣向で綴る娯楽作!

    • あらすじ・見どころ
    • 姫路城の怪異伝説
    • ぐるっと播州ゆかりの地巡り

    主な出演者主な出演者

    • 尾上菊五郎の印南内膳
    • 中村時蔵の碪の前
    • 尾上松緑の古佐壁主水/百姓平作
    • 尾上松緑の与九郎狐
    • 尾上菊之助の主水女房お辰
    • 尾上菊之助の小女郎狐

    姫路城の天守閣に妖怪変化が出没する……!?

    尾上菊五郎家の家の芸〝新古演劇十種″の内『小坂部姫』や泉鏡花の『天守物語』などでも取り上げられ、人々の想像を掻き立ててきた姫路城。その天守には、十二単衣に緋の袴という豪華な衣裳を着た鬼女が現れるという伝説が、古来語り継がれてきました。「刑部(小坂部)姫」と呼ばれるその人物の伝説は、歌舞伎でも様々な作品の中へ取り入れられました。今回上演する『姫路城音菊礎石』の原作『袖簿播州廻(そでにっきばんしゅうめぐり)』は、その伝説に、恩義のある武家に忠義を尽くす夫婦狐の報恩譚を加え、播磨国(はりまのくに)(現在の兵庫県)のお家騒動を描いています。

    作者の並木五瓶(なみきごへい)(1747-1808)は、18世紀後半から19世紀初頭にかけて東西の劇界で活躍し、四世鶴屋南北(1755-1829)らの作風に影響を与えた人物です。本作は五瓶の初期の傑作で、安永8年(1779)3月大坂角座で初演され、登場人物の設定の面白さや大道具の仕掛け等が評判となり、約3ヶ月にわたって上演されました。その後、再演の機会に恵まれませんでしたが、平成3年3月当劇場で初演以来212年ぶりの復活が実現し、話題を呼びました。今回は、原作における展開の意外性を活かしながら、新たに台本を補綴し、『姫路城音菊礎石』と題して上演します。

    あらすじ・見どころ

    時は室町時代、八代将軍足利義政(あしかがよしまさ)の治世。播州姫路城の城主・桃井(もものい)家は、将軍家に献上すべき家宝の紛失と、病気を理由に将軍への謁見を断っていた嫡男の廓遊びを追及されますが、家老の印南内膳(いんなみないぜん)が窮地を救います。将軍家にも一目置かれた内膳の忠臣ぶりは、実は復讐の念と野望を秘めた企みでした。当主父子や忠義の家臣・古佐壁主水(こさかべもんど)は、内膳の巧みな悪計で殺害され、桃井家は没落してしまいます。

    お家再興のため、桃井家の後室・碪の前(きぬたのまえ)は、荒廃した姫路城に妖怪が出現するという噂を広め、腕試しに来る勇者を味方につけようと苦心しています。また、死んだはずの主水が蘇生して百姓の平作(へいさく)と変名し、女房のお辰(たつ)と力を合わせて、桃井家の遺児や所縁の人々を悪者一味から守ります。そこには、桃井家から以前受けた恩義に報いる与九郎(よくろう)・小女郎(こじょろう)の夫婦狐の健気な働きがありました。果たして、紛失した家宝の行方は? そして、内膳の復讐と野望が実現するのか、それとも、桃井家の再興が叶うのか!?

    内膳の忠臣ぶりに仕組まれたどんでん返し、姫路城の天守で繰り広げられるミステリー、悪者に追い詰められる平作・お辰夫婦実ハ与九郎狐・小女郎狐夫婦の苦悩と悲劇など、物語の全篇が意外性に富んだ展開で描かれており、幕切れまで舞台から目が離せません。初春らしい華やかさと楽しさに溢れた舞台にご期待ください。

    尾上菊五郎の印南内膳を始め、中村時蔵の碪の前、尾上松緑の古佐壁主水と与九郎狐、尾上菊之助の主水女房お辰と小女郎狐ほか、初芝居でお馴染みの俳優陣を揃え、娯楽性豊かな恒例の復活通し狂言をお楽しみいただきます。

    • 月岡芳年「宮本無三四於佐壁狐を退治す」(都立中央図書館特別文庫室所蔵)
      ※請求記号:H121-1東H121-001
    • 1910年代頃の姫路城(ニューヨーク公共図書館所蔵)
      https://digitalcollections.nypl.org/items/510d47d9-83c4-a3d9-e040-e00a18064a99
    • 「大天守三層(右)と四層(左)の内観」
      史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より(国立国会図書館所蔵)
    • 「大天守六層の内部 守護神の祠」(現在は長壁神社)
      史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より(国立国会図書館所蔵)
    • 「大天守の六層より南方を望む」
      史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より(国立国会図書館所蔵)
    • 「歴代城主の紋所瓦」
      史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より(国立国会図書館所蔵)
    • 長壁神社遺趾
      史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より(国立国会図書館所蔵)

    「白鷺城」とも謳われ、白亜の輝きを誇る姫路城。
    その華やかな佇まいの一方で、天守には妖怪変化が棲むという伝説が語り継がれてきました。以下では姫路城の天守にまつわるエピソードをいくつかご紹介します。

    月岡芳年「宮本無三四於佐壁狐を退治す」
    (都立中央図書館特別文庫室所蔵)
    ※請求記号:H121-1東H121-001

    「おさかべ」伝説

    大天守が立つ丘陵は「姫山」と呼ばれ、城が築かれる前からその地を守る地主神(じぬしがみ)の刑部/長壁(おさかべ)神が祀られていました。ところが、羽柴秀吉が姫路城の前身となる城を築いた時に、姫山から城下の総社(そうしゃ)に移されてしまいました。慶長14年(1609)に池田輝政が現在の姫路城を完成させて間もない頃、「播磨のあるじ」を名乗る天狗から、城内に寺院を立てるよう要請する怪文書が届きましたが、輝政はこれを黙殺しました。その後、輝政は病に倒れ、総社に移された長壁神のたたりだと噂されました。このため、輝政は鬼門(きもん)に当たる城内北東部に長壁神社を祀り直し、以来、歴代城主が手厚く崇敬してきたと伝えられています。現在の大天守最上層の社殿は、明治12年(1879)に城内長壁神社が総社境内地に移された後、改めて勧請されて天守閣に祀られるようになったものとされています。

    1910年代頃の姫路城(ニューヨーク公共図書館所蔵)
    https://digitalcollections.nypl.org/items/
    510d47d9-83c4-a3d9-e040-e00a18064a99
    「歴代城主の紋所瓦」
    史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より
    (国立国会図書館所蔵)
    長壁神社遺趾
    史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より
    (国立国会図書館所蔵)

    宮本武蔵の妖怪退治

    姫路に立ち寄った剣豪・宮本武蔵が名前を隠して足軽奉公をしていた時のことです。武蔵の入った組は城の天守番をしていましたが、その頃、天守に妖怪が出るという噂が広まっていて、組の足軽は皆、夜の番を嫌っていました。けれど、新入りの武蔵は一向に平気だったので、毎晩のように仲間の代わりに夜の番を勤めていました。この話がたまたま家老の耳に入り、武蔵は名高い武芸者であることが知れてしまいました。

    妖怪退治を命じられた武蔵が灯り一つを持って天守に登り、3階の階段に差し掛かった時、凄まじい炎が吹き降り、地震のような音が轟きました。武蔵が腰の太刀に手をかけると、辺りはまた元の静けさに戻りました。4階でもまた同じ異変が起きましたが、構わず登り続け、やがて最上階に達し、刑部(おさかべ)明神を祀っている祠前に立ちました。何事もないのでそのまま明け方まで番をしていたところ、十二単衣(ひとえ)に緋の袴を着けた美しい姫が現れました。姫は城の守護神・刑部明神と名乗り、城に巣食っていた妖怪を退散させた褒美に宝剣を取らせると言って姿を消しました。武蔵の前には白木の箱に入った郷義弘(ごうのよしひろ)の名刀が残されていたということです。

    この武蔵の妖怪退治のエピソードは他にも様々な形で伝わっています。また、これをモチーフにしてできたのが、尾上菊五郎家の家の芸である〝新古演劇十種″の内『小坂部姫』です。

    泉鏡花『天守物語』

    姫路城の天守にまつわる怪異は、作家たちにもインスピレーションを与えてきました。とくに有名なのが泉鏡花の『天守物語』です。これは城の伝説にその他の怪異譚を織り交ぜて描いた作品で、播州姫路の白鷺城の天守に棲む美しい異界の姫と、若くて凛々しい鷹匠との恋物語が幻想的に展開します。大正6年(1917)に発表されて以来、新派劇、映画、歌舞伎、オペラなど様々な形で上演され、今なお人々の想像を掻き立ててやみません。

    「大天守三層(右)と四層(左)の内観」
    史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より
    (国立国会図書館所蔵)
    「大天守六層の内部 守護神の祠」(現在は長壁神社)
    史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より
    (国立国会図書館所蔵)
    「大天守の六層より南方を望む」
    史蹟姫路城管理事務所『姫路城案内』(昭和9年)より
    (国立国会図書館所蔵)
    • 『播磨名所巡覧図絵』巻3(国立国会図書館蔵)
    • 『播磨名所巡覧図絵』巻2(国立国会図書館蔵)
    • 『播磨名所巡覧図絵』巻2(国立国会図書館蔵)
    • 歌川広重「播磨 舞子の濱」『大日本六十余州名勝図絵』(国立国会図書館蔵)
    • 淡路島を臨む現在の舞子の浜の眺め
    • 『播磨名所巡覧図絵』巻3(国立国会図書館蔵)

    ぐるっと播州ゆかりの地巡り

    平成31年の幕開けを飾る初春歌舞伎公演『姫路城音菊礎石(ひめじじょうおとにきくそのいしずえ)』。並木五瓶の原作『袖簿播州廻(そでにっきばんしゅうめぐり)』は、播磨国(現在の兵庫県南西部)のお家騒動を描いた作品です。題名に「播州廻」とあるように、播磨国の様々な名所を場面に使用している点も、特色の一つです。

    公演にちなみ、作中に登場する名所をご紹介します。

    曽根天満宮

    序幕の舞台である曽根天満宮は、曽根村(現:兵庫県高砂市曽根町)にある神社です。

    延喜元年(901)、九州大宰府へ左遷されることになった菅原道真は、その道中、伊保港(兵庫県高砂市)に船を寄せ、日笠山に登り、「我に罪無くば栄えよ」と祈って山上に小松を植えました。後に、四男・淳茂(あつしげ)が、父ゆかりの場所であるこの地に社殿を建てたのが創始とされています。天正6年(1578)、豊臣秀吉の播州征伐の際、社殿を焼失しましたが、天正18年に本殿が再建されました。道真が手ずから植えた松は霊松(れいしょう)曽根の松と呼ばれ、曽根天満宮には現在も幹が保存されています。


    アクセス:
    山陽電車「曽根」駅より徒歩約5分、
    JR山陽本線(神戸線)「曽根」駅より徒歩約20分
    『播磨名所巡覧図絵』巻3(国立国会図書館蔵)

    舞子の浜

    四幕目第一場の舞台、舞子の浜は明石海峡(兵庫県明石市と淡路島の間にある海峡)に面する海岸です。白砂青松と淡路島を望む風光明媚な景色で、『播磨名所巡覧図絵』では「名高き事天下に聞へたり」と評されています。

    「東海道五十三次」を描いた歌川広重(1797~1858)は、『大日本六十余州名勝図絵』において「播磨 舞子の浜」としてその美しい海岸風景を描いています。

    現在は公園が作られ、多くの方に親しまれています。


    アクセス:
    山陽電鉄「舞子公園」駅、JR山陽本線(神戸線)「舞子」駅、
    高速バス「高速舞子バスのりば」より徒歩約5分
    『播磨名所巡覧図絵』巻2(国立国会図書館蔵)
    『播磨名所巡覧図絵』巻2(国立国会図書館蔵)
    歌川広重「播磨 舞子の濱」『大日本六十余州名勝図絵』
    (国立国会図書館蔵)
    淡路島を臨む現在の舞子の浜の眺め

    尾上の鐘

    四幕目第三場に登場する 尾上神社(現:兵庫県加古川市)の鐘楼の鐘は、『千載和歌集』に「高砂の 尾上の鐘の 音すなり 暁かけて 霜や置くらん」と読まれた鐘です。

    元々龍宮にあった釣鐘を、神功皇后が三韓征伐の際に持ち帰り、尾上神社に納められたとされています。

    この鐘には次のような伝説があります。

    ある日、海賊が尾上神社から鐘を盗み出しました。足摺岬まで船で運んで来た時、急な大嵐になり、沈没しそうになります。龍宮の神の怒りだと考えた海賊たちが慌てて鐘を海に投げ込むと、海はみるみる静かになっていきました。その後、近辺の海では、夜中になると海中が光るようになりました。

    漁ができなくなった漁師たちが困り果て、光る物体を引き上げると、出てきたのはなんと釣鐘でした。尾上の鐘には、この時にできたと言われるひび割れが残っています。

    その後、この鐘は高野山へ奉納されましたが、この鐘を鳴らすたびに、「おのえへ、いのー。おのえへ、いのー」(尾上へ帰ろう)と聞こえたため、尾上神社に戻されたそうです。


    アクセス:
    山陽電車「尾上の松」駅より徒歩約15分
    『播磨名所巡覧図絵』巻3(国立国会図書館蔵)

    舞台を見ながら、播磨国の古跡や名所に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。娯楽性豊かな『姫路城音菊礎石』にどうぞご期待ください。