平成30年10月歌舞伎公演│10月1日[月]~25日[木]平成30年10月歌舞伎公演│10月1日[月]~25日[木]

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平成30年度(第73回)文化庁芸術祭オープニング 平成30年度(第73回)文化庁芸術祭主催 国際音楽の日記念

通し狂言|平家女護島 三幕四場

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平清盛生誕900年、襲名後、国立劇場に初出演の芝翫が、23年ぶりの通し上演で俊寛と清盛の二役に挑む!

  • あらすじ・見どころ
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作者について知るなら

主な配役主な配役

  • スチール写真撮影風景を特別に公開!
  • 中村芝翫・片岡孝太郎からのメッセージ
  • 岩場&御座船に乗ってみた!
近松門左衛門の傑作『平家女護島』は、軍記物語の代表作『平家物語』を題材にした全五段の時代物で、享保4年(1719)8月大坂竹本座の人形浄瑠璃で初演されました。歌舞伎では、平家打倒の計画に参加して流罪となった俊寛僧都(しゅんかんそうず)の悲劇を描く「鬼界ヶ島(きかいがしま)」が、単独で上演されます。平成7年10月当劇場で、平清盛の横暴や俊寛の妻・東屋(あずまや)の自害を描いた「六波羅清盛館(ろくはらきよもりやかた)」と、皇位を狙う清盛が亡霊に苦しめられる「敷名の浦(しきなのうら)」を、「鬼界ヶ島」の前後に付け、通し狂言として上演しました。平清盛生誕900年に当たる今年、物語の背景となる清盛の存在にも焦点を当て、23年ぶりに通し上演でご覧いただきます。
あらすじ

権勢を誇る平清盛は、平家打倒の計画に参加した俊寛僧都・丹波少将成経(たんばのしょうしょうなりつね)・平判官康頼(へいはんがんやすより)を鬼界ヶ島への流罪に処しました。清盛館に連行された俊寛の妻・東屋は、清盛に側仕(そばづか)えを強要されますが、能登守教経(のとのかみのりつね)の勧めもあり、自害して操を守ります。

俊寛・成経・康頼が鬼界ヶ島に流されて三年後、赦免船が到着しますが、上使の瀬尾太郎兼康(せのおのたろうかねやす)が読み上げる赦免状に、清盛の深い憎しみを受ける俊寛の名前はありません。嘆き悲しむ俊寛に、もう一人の上使・丹左衛門尉基康(たんさえもんのじょうもとやす)は、俊寛赦免の趣意を記した教経の書状を読み上げます。俊寛・成経・康頼は、成経と結婚した海女の千鳥(ちどり)を連れて船に乗ろうとしますが、瀬尾は千鳥の乗船を認めません。東屋の死を瀬尾から聞いて絶望した俊寛は、自分の代わりに千鳥を乗せるよう頼むうち、口論の末、瀬尾を殺害します。島に残ることを決意した俊寛は、遠ざかる船をいつまでも見送るのでした。

成経・康頼・千鳥を乗せた赦免船が敷名の浦に到着しますが、清盛と後白河法皇の御座船の通行を聞いた丹左衛門は、千鳥への非難を避けるため、俊寛の郎等・有王丸(ありおうまる)に千鳥を預けます。清盛は、厳島神社の参詣を装い、平家打倒の計画の首謀者である法皇を殺害しようと入水させます。千鳥は法皇を救出しますが、清盛に殺されます。やがて、非道の清盛を恨む東屋と千鳥の亡霊が出現し、清盛を苦しめるのでした。

スケールの大きな清盛の存在感を背景に東屋の苦悩と悲哀が綴られる「清盛館」の上演によって、名場面「鬼界ヶ島」の俊寛の悲劇が一層際立ちます。御座船と赦免船が出会う「敷名の浦」では、清盛の悪逆とともに、清盛の死を暗示させる東屋・千鳥の怨霊の活躍や御座船のスペクタクルも見逃せません。襲名後初出演の芝翫が俊寛と清盛の二役に挑むほか、東蔵の後白河法皇、孝太郎の東屋を始めとする俳優陣で、芸術の秋に相応しい義太夫狂言の名作の通し上演をお楽しみください。

  • 『平家女護島』中村芝翫の平相国入道清盛
  • 『平家女護島』(明治19年2月市村座)豊原国周画(都立中央図書館特別文庫室所蔵)
  • 『牡丹平家譚』(明治9年5月中村座)豊原国周画(国立劇場所蔵)
  • 「平清盛 怪異を見る図」歌川広重画(メトロポリタン美術館所蔵)
  • 「平清盛 (四代目)中村芝翫」豊原国周画(早稲田大学演劇博物館所蔵)資料番号:007-0636
  • 「平清盛 三代目中村歌右衛門(初代中村芝翫)」歌川豊国画(メトロポリタン美術館所蔵)
  • 『富喜自在魁曽我』「平清盛 (四代目)中村芝翫」豊原国周画(早稲田大学演劇博物館所蔵)
    資料番号:007-1351~1352

通し狂言 平家女護島 三幕四場

絶海の孤島で、最愛の妻・東屋との再会を待ち侘びる俊寛。

しかし、清盛の魔の手が迫り、東屋はある決断を下します。

暴虐の限りを尽くす清盛が迎える恐るべき末路は……。

本年は平清盛(1118-1181)の生誕900年に当たります。近年のNHK大河ドラマをはじめ、清盛は多くの作品に取り上げられ、極悪非道の悪党から反骨精神に溢れたヒーローまで、多様に描かれ、私たちを魅了してやみません。今回、23年ぶりに通し狂言として上演する『平家女護島』では、巨悪としての清盛の存在感が、俊寛の波乱に満ちた物語に一層の深みを与えます。

ここでは、清盛にまつわるエピソードや伝承をいくつかご紹介します。

『平家女護島』中村芝翫の平相国入道清盛
英雄色を好む

『平家物語』やその他の軍記物語では、色を好み、権力を笠に着て傍若無人に振る舞う清盛の姿が描かれています。例えば、『平家物語』に登場する白拍子・祇王(ぎおう)は、清盛の寵愛を受けていましたが、その対象が別の女性へと移ると、六波羅の屋敷から追い出されてしまいます。

こういった清盛の人物像は『平家女護島』にも踏襲され、「鹿ケ谷の陰謀(ししがたにのいんぼう)」が発覚して流罪になった俊寛(しゅんかん)の妻・東屋(あずまや)の美しさに心を奪われ、夫の命を盾に側仕え(そばづかえ)を強要する姿が描かれています。

『平家女護島』(明治19年2月市村座)豊原国周画
(都立中央図書館特別文庫室所蔵)
「鹿ケ谷の陰謀」とは?

俊寛や、後白河法皇の近臣の藤原成親(ふじわらのなりちか)・成経(なりつね)父子、西光(さいこう)らによって、鹿谷(現在の京都市左京区)の山荘で行われた平家討伐の謀議のこと。密告により発覚、平家は直ちに参加者を捕らえ、俊寛と成経、平康頼(たいらのやすより)の三人は、鬼界ヶ島に流罪となりました。

『牡丹平家譚』(明治9年5月中村座)
豊原国周画(国立劇場所蔵)
清盛の最期

平清盛の死因は熱病とされています。『平家物語』「入道死去」では、病に伏した清盛の体内は耐え難いほど熱く、身体を冷やすための水が沸騰した、など凄絶な最期が描写されます。

近松門左衛門は、『平家女護島』「敷名の浦」で、後白河法皇を救って清盛に踏み殺された千鳥(ちどり)の死骸から業火を出現させました。都に逃げ帰った清盛は、熱病を患い、清盛に抵抗して命を落とした東屋と千鳥の亡霊に悩まされながら死にます。今回の舞台の「敷名の浦」には、二人の亡霊が現れ、清盛の最期を暗示させる幕切れとなっています。

「平清盛 怪異を見る図」歌川広重画
(メトロポリタン美術館所蔵)
「平清盛 (四代目)中村芝翫」豊原国周画
(早稲田大学演劇博物館所蔵)
資料番号:007-0636
日招ぎの清盛

平清盛には、厳島神社の造営に際し、日数を惜しんで夕日を招き返したという「日招ぎ伝説」があります。このエピソードは『平家物語』や『平家女護島』には見られませんが、江戸時代後期の歌舞伎作品に取り入れられています。当代中村芝翫の祖先である四代目芝翫は、この「日招ぎの清盛」を当たり役とし、錦絵にも多く描かれました。

今回、国立劇場には襲名後初出演となる中村芝翫が、この清盛と俊寛の二役に挑みます。どうぞお楽しみに。

「平清盛 三代目中村歌右衛門(初代中村芝翫)」歌川豊国画(メトロポリタン美術館所蔵)
『富喜自在魁曽我』「平清盛 (四代目)
中村芝翫」豊原国周画
(早稲田大学演劇博物館所蔵)
資料番号:007-1351~1352