この特設サイトでは、「芝居あれこれ」と題した記事で、今月の芝居で使われている衣裳や小道具、作品にまつわるエピソードなどをご紹介します。
 第1回は、『梅雨小袖昔八丈』の主人公・新三が二幕目「富吉町新三内の場」で登場する時の衣裳「手拭浴衣(てぬぐいゆかた)」を、取り上げます。
 湯屋(銭湯)からの帰りという設定で、湯上がりの浴衣姿の新三が、花道の揚幕から登場します。この浴衣は、配り物や寺社への奉納のための手拭を継ぎ合わせて作ったという設定です。新三が買う「初鰹」と併せて、初夏の季節感を巧みに表現しています。
新三の手拭浴衣(前) 新三の手拭浴衣(後)

 井口政治=著『団菊物語 舞台訓』によると、明治6年【1873】6月の初演で新三を勤めた五代目尾上菊五郎が、幕末から明治前期にかけて活躍した浮世絵師・月岡芳年(つきおかよしとし)に、手拭浴衣の図案の考証を依頼したそうです。
 初演以来、この手拭浴衣には、「ひら清」という文字が染められています。「ひら清」とは、文化年間【1804-18】から明治中期まで深川・土橋(どばし)<現在の東京都江東区富岡2丁目の一部>に実在した高級料理屋「平清(ひらせい)」のことで、会席料理の最後に提供される「鯛の潮汁(うしおじる)」が有名だったそうです。そのような有名店にも、廻り<出張専門>の髪結いの新三は、得意先として出入りしていたのでしょう。
「芥子玉」の模様に「ひら清」の文字

 現行で使用する衣裳には、「ひら清」の文字の背景に「芥子玉(けしだま)」が染められています。「芥子玉」とは、芥子粒のような細かい玉を散らした模様で、浴衣や手拭などの染めに使われています。
 手拭浴衣の衣裳を見ると、日本橋界隈の様々な地名も見受けられます。深川・富吉町(とみよしちょう)<現在の江東区永代1丁目の一部>の長屋に住む新三は、大川<現在の隅田川>に架かる永代橋を渡って、得意先を廻っていたのでしょう。例えば、現在の町名にもある小網町(こあみちょう)や小舟町(こぶなちょう)、花街としても有名であった葭町(よしちょう)<現在の中央区日本橋人形町2・3丁目の一部>など。また、序幕「白子屋」の所在地も、同じ界隈の新材木町(しんざいもくちょう)<現在の中央区日本橋堀留1丁目の一部>です。
右より「小」「舩」「町」(小舟町) 葭町の「よ」「し」「町」を図案化したもの

 さらに、手拭浴衣にも使われていますが、新三は登場する時に、「しんば」という文字が染められた手拭を持っています。「しんば」とは「新場」のことで、これも日本橋界隈の一部です。「新場」は、正式名を「新肴場(しんさかなば)」<現在の中央区日本橋2丁目付近>と言い、江戸時代には、日本橋の魚河岸に続く第二の魚市場として知られていました。
右より「し」「ん」「ば」(新場)

 なお、今月、新三役の中村橋之助が劇中で使用している「しんば」の手拭は、2月21日に亡くなった坂東三津五郎が生前、初役で新三を勤める橋之助のために用意していたものです。