チケット
舞踊を語る

国立劇場第167回 舞踊公演 「舞の会-京阪の座敷舞-」(11月20日) 特別対談【前編】
岡田万里子(桜美林大学教授) & 鈴木ユキオ(振付家・ダンサー)

シェアする
  • Facebookでシェアする
  • Twitterでシェアする

東京で上方の座敷舞に直に触れる、貴重な機会として知られる「舞の会―京阪の座敷舞―」。国立劇場開場翌年の昭和42(1967)年から続く公演が、令和3年もコロナ禍に配慮し、3部制で行われた。今回も上方を代表する4流(井上、楳茂都=うめもと、山村、吉村)から、若い舞い手も出演し、世代交代を印象付けた。今公演について、『京舞井上流の誕生』(思文閣)などの著作で知られる岡田万里子・桜美林大学教授と、ダンスカンパニー「YUKIO SUZUKI projects」を主宰する振付家で、ダンサーの鈴木ユキオさんが語り合った。

座敷舞って何?

鈴木(以下、鈴):僕は座敷舞、まったくの素人で今回、初見に近い感じで拝見しました。そもそも「座敷舞って何?」っていうことを、その成り立ちや日本舞踊の中における流れ、歌舞伎との関係など、専門家である岡田先生にお聞かせ頂きたいです。


鈴木ユキオ

岡田(以下、岡):とても難しい質問ですね(笑)。「座敷舞」は読んで字のごとく、舞台との対比だと思います。一方に舞台の「舞」があるから、座敷「舞」と取り立てて言われるようになったと思います。歌舞伎の舞台で舞われているものに対し、花街のお座敷で舞う機会もあって、そうした舞を「座敷舞」と称しています。
 でも考えてみると (京阪だけでなく)江戸にも花街はあって、座敷舞はあったはずですが、不思議と「京阪の座敷舞」と関西の座敷舞がクローズアップされることが多いようです。今は一連の国立劇場の舞踊公演で、「京阪の座敷舞」というサブタイトルを付けて、ずっと「舞の会」を基本的に年1回、上演していますね。関西の芸能として、舞を東京に紹介する機会になっています。
 これまでは(舞い手の)顔触れがずっと変わらなかったので、心配していましたが、今回、随分と若返りました。この「舞の会」のシリーズが、国立劇場の建て替えのため、令和4(2022)年の公演で最後になる。それもあって、若手が少しずつ入ってきたと思います。


岡田万里子

公演を振り返る

【12時の部】

〈ご祝儀ものの「松竹梅」(楳茂都梅昭野・楳茂都梅弥月)で開幕。「俊寛」で知られる近松門左衛門作「平家女護島」に登場する海女がテーマの「千鳥」(井上安寿子)が続いた〉


松竹梅(左より楳茂都梅弥月、楳茂都梅昭野)

鈴:最初の「松竹梅」は、楳茂都梅昭野さん、楳茂都梅弥月さんの立ち姿が本当にきれいでした。お2人とも幼少時、バレエを習っていた事も関係しているのかな、と思って見ていました。舞台だと大きく見える事もありますが、最近の若い女性は背が高くなっていますよね。体形が変わると、着物の着こなしも変わってくるのかなって感じました。

岡:お2人が入れ替わって、舞い進めていましたね。楳茂都流三世家元の楳茂都陸平(1897~1985年)は宝塚歌劇団で日本舞踊の教師や振付をしていましたから、上手な舞台の見せ方をする。そういう伝統から、こうした振付になったのかと思いました。上方の流派は少ないですが、各流それぞれに特色があります。

鈴:へえ、そうなんですね。

岡:「千鳥」は、近松門左衛門の「平家女護島」からの抜粋で、元々の作品が分かってないと背景が分からないから、ご存知ない方には厳しいかもしれない、と思いながら拝見していました。

鈴:それは短い時間に、抜粋して見せなければいけないっていうことですか?

岡:歌舞伎や能をご覧になる方や、元の話を知っていたら「あ、この場面をやっている」って分かります。ただ長い話の一部なので、ご存知ない方は解説書のあらすじを見るしかない。すると、よく分からないところがあると思います。

鈴:確かに。

岡:解説を書くのも難しい。話の背景を知っていて、それが(舞の)理解だと思っていること自体、間違っているかもしれません。ほかに、見どころはあるかもしれないですし。

鈴:字幕で歌詞が出たので、僕はお能(の「俊寛」)より言葉が入ってきました。最近は能も字幕が出ますけれど、表現が完全に抽象化されてしまっているので、言葉が入りづらい気がします。
 意味も背景もストーリーも知らないので、パンフレットの説明を見ただけで拝見しましたが、僕みたいに体の動きの面白さで見る人間は、十分楽しめました。初心者ですから、色々見られて、逆に良かったのかもしれないですね。

岡:人形振りが面白かったですね。文楽人形のように舞うんですが、ギュって反って、トンって足拍子踏むところを、文楽の人形遣いが踏むような音を響かせる振りで、井上流の特色と言われているものです。
 振付が四世井上八千代(1905~2004年)で、(当代の)五世井上八千代さんが初演した作品です。初演当時は、井上流の人形振りが素晴らしいと、注目された時期で、人形振りの伝統の中、新たな作品をお作りになっていたのが分かって、興味深いと思いました。


千鳥(井上安寿子)

〈「雪」(吉村美輝和)は、上方舞の代表ともいえる名曲。出家した女がしんしんと降る雪の中、昔の恋をしのぶ。締めは、山村流六世宗家、山村友五郎による「古道成寺」。能の「道成寺」の後段、ワキ僧が鐘と女性にまつわる物語を語る場面を、一人舞で表現する〉


雪(吉村美輝和)

鈴:「雪」は傘が重要な役割を果たすので、小道具の扱いがすごく難しいな、と思いながら拝見しました。着物の捌きも難しいんでしょうけれども。

岡:地唄舞といえば「雪」、みたいな代表曲ですが、それは武原はん(1903~98年)が舞って以降だと思います。「雪」を代表作にされていて、人気を博しました。本もたくさん出して、俳句もよくなさった。はんさんの「雪」は、一般の人にも知られていたほどで、彼女がそこまでの人気曲にしたと思います。
 1980年代から90年代初めくらいまでは、一般の人もテレビや新聞で、はんさんを目にする機会があった。その頃と比べると、今は一般の人の目に触れる日本舞踊ってないですね。はんさんのビデオのセットが、高価で売られていた記憶があります。
 吉村美輝和さんは、雪模様のグレーの着物で、雰囲気があると思いました。八文字みたいな歩き方をなさっていて、どういう由来なのかも考えながら拝見しました。鈴木さんがおっしゃるように、傘をすぼめたり、開いたり、置いたり、扱いが大変だったろうと思います。
 また「古道成寺」は、山村友五郎さんが左右身頃が違う柄の、面白い着物をお召しになって、演じ分けていましたね。


古道成寺(山村友五郎)

鈴:ずっと女性の舞が続いたので、男性がどういうふうに舞われるのかっていう興味が強かったです。女性は着物の派手さや鮮やかさ、化粧もしてすごく綺麗にされますが、男性は素顔ですし、シンプルに見せますよね。女性の扮装で女方として踊らないのかとか思いました。

岡:上方の舞も衣裳を付けて舞う場合もありますが、座敷舞は基本的に衣裳は付けないですね。「古道成寺」は、能や歌舞伎の道成寺説話を、「こんな風にまとめてみた」というものですね。話を知っている人が見て、どんな振りを付けるかが見どころだったのではないでしょうか。歌詞に付きすぎた洗練されていない振りを、あえて分かりやすさで見せる。要求されているものを、「どうだ!」とやる感じが面白い。ひねって返すのではなく、ストレートに返していますね。

鈴:確かに仕草、物語性が強いですね。流れで見て、そういう感覚を受けました。

岡:山村流は芝居がかったところがあるのも特色です。

鈴:動きも衣裳も派手で分かりやすいですね。追っていける踊りだったと思います。

【午後2時半の部】

〈若手2人が大坂の初春を寿ぐ「正月(まさづき)」(井上市有里・井上小扇)で華やかに開幕。続く「八島」(山村侃=かん)では雰囲気がガラリと変わり、薙刀を使った力強い舞で、激しい源平合戦の様子を伝えた。同名の能に取材した作品だ〉


正月(左より井上小扇、井上市有里)


八島(山村侃)

岡:この「正月」はとても古い地唄です。風物詩的な感じで、舞自体も古いですが、雰囲気があった。しかもお2人とも現役の芸妓さんなので、着物を着慣れていて、裾さばきもきれいですよね。
 井上流は、国立劇場の「舞の会」公演にお師匠さん2人と芸妓さんが出られるのが定番でした。芸妓さんは黒紋付の正装で、衿を返して衿裏の赤を見せています。鬘ではなく地髪で結い上げているのも美しいですね。

鈴:本当に綺麗でした。

岡:日頃の修行の賜物だと思いますが、立ち姿から美しかった。

鈴:僕はやはり男性舞踊家に注目してしまうのですが、「八島」は小道具もあって力強く、印象に残っています。

岡:「八島」、若々しくて、体も動いていて良かったと思います。山村友五郎さんの息子さんたちは、ご兄弟(兄:山村若、次男:山村侃)で協力し合って、リサイタルを開催するなど活躍されています。黒紋付の衣裳だけで、物語の世界が現れていました。地唄の名曲で、情景が伝わります。扇子も使って、後半は能そのままの趣でした。

〈「綾衣」(楳茂都梅咲弥)は、遊女が都にいる恋人に会いに行くため、船に乗ろうとするも果たせず、宿に戻って一夜を明かす思いを舞う。最後は壬生狂言(京都・壬生寺で続く宗教劇)に取材した、「桶取」(吉村輝章)。懐妊中の妻が、夫の浮気に嫉妬する様を描く。囃子の鐘の音が鳴り響き、独特の雰囲気が漂った〉


綾衣(楳茂都梅咲弥)

岡:「綾衣」はしっとりとした舞で、薄紫の着物で紫の段の扇で、絵として美しかった。襟元もピンクで素敵でしたね。楳茂都流ではあまり出ない艶物で、梅咲弥さんも初めてお勤めになったんですね。

鈴:扇子を使って、体の使い方に抑制みたいなものをすごく感じて、面白かったです。

岡:また「桶取」は古雅で軽いイメージがあったのですが、これは重いし怖かったですね。歌詞を見ると、要するに妊娠中の妻が、夫に浮気され逃げられ、その後、悲しみのあまり死んでしまう-という悲惨なお話ですが、妻の視点で描かれている。元々の壬生狂言は、ガンデンガンデンって(音がして)結構のどかです。他流にもある曲ですが、今まで話の筋に捕らわれず、古い壬生狂言ののんびりしたイメージで見てきましたが、この舞台では照明も暗く深刻でした。
 2部はバラエティーに富んだ内容で、季節感もありました。


桶取(吉村輝章)

【午後4時半の部】

〈能に取材した「鉄輪(かなわ)」(吉村三鈴)は、自分を棄て、後妻をめとった夫への恨みから、鬼となった女を描く。「越後獅子」(山村楽風女)は、鞨鼓や手獅子の小道具が賑やかな地唄。江戸時代、越後(新潟)から出稼ぎに来た大道芸の描写が楽しい〉

岡:のっけから「鉄輪」で、怖い情念が主題でしたが、地唄も名曲で聴かせますし、良かったですね。

鈴:動きにキレがあって、足踏みも動きとして面白かった。僕は「鉄輪」自体、初めてだったので、舞台を見ながら「なるほど、そういうことだったのか」って、分かりました。吉村三鈴さんの佇まいも綺麗で、居方、存在で見せたっていう印象でした。

岡:「越後獅子」も古雅の雰囲気と見世物の軽妙さがありました。吉村三鈴さんやの山村楽風女さんのように、小さい時から踊り(日本舞踊)をお稽古して、20歳過ぎてから舞に移る方もいらっしゃる。やはり体ができていると思いました。


鉄輪(吉村三鈴)


越後獅子(山村楽風女)

〈能で「老女物」と呼ばれる重い曲から生まれたのが「檜垣」(神崎えん)。白拍子だった老女の霊が、かつて犯した罪業の因果で苦しむ様が舞われる。最後は「嵯峨の雨」(井上八千代)。京都・嵯峨野の落杮舎に滞在する松尾芭蕉の心情を表現する舞で、四世井上八千代が初演し今回、五世井上八千代が新たに振り付け、扇1本のみで舞った〉


檜垣(神崎えん)

岡:神崎えんさんも「舞の会」の常連ですね。

鈴:「檜垣」はもともと能の作品だからか、すごく抽象化されている踊りだという印象で素敵だと思いました。
 八千代さんは「はっ、これか!!」っていう感じで、強い動きが衝撃的でした。お名前も拝見したことありますし、「ありがたい」っていう感じで拝見しました。やっぱり芯の強さが全然違う。余計な動きが全くない。公演の記憶として色々な方の印象が絵として残っていますが、八千代さんの絵は多いです。強い、それでも(力を)張っているわけではなく自然。動きだけではなく、居る強さでしょうか、存在感も含めて。動いている絵だけではなく、静止している絵も、他の方に比べて残っているのが印象的です。すべての動きに必然性を感じました。

岡:今回の「嵯峨の雨」は以前の振りが残っていなくて、新たに(五世が)振り付けたとお聞きしています。正統派の振付だと思いました。抑制が利いていて、振りのない所も効果的でした。
 歌詞も曲も初めてお聴きしましたが、歌人の吉井勇(1886~1960年)が作った歌詞が、とてもいいと思いました。ただ一つだけ、雨音の効果音はなくても良かった気がします。この時代って作家や詩人など、著名な方たちが日本舞踊に歌詞を提供されている。今からすると隔世の感がありますね。


嵯峨の雨(井上八千代)

ダンサー目線で「舞」を問う

鈴:舞い手に男女比の違いはありますか?女性が多い印象がありますが。

岡:そうですね。各流派の家元で言えば、井上流を除きかつては男性が家元を務め、花街で教えて、女性がお稽古をして、お客さんの前で披露するのが普通でした。
 今は日本舞踊全体で女性が多くなり、この対談シリーズで、花柳壽應先生(1931~2020年、四世花柳寿輔)と古井戸秀夫先生(東大名誉教授)の回(記事はこちら)でもご指摘ありましたが、本当は男性が女方をやるのがいい訓練になっていたのに、今は女性舞踊家が女性役をやり、男性舞踊家が男性役をやるようになり、女方の訓練の機会が失われていると言われています。ただ京阪の花街では、恐らくずっと女性が多かったと思います。

鈴:やっぱりお客さんが座敷で見る舞は、女性が踊ることが多いってことですか。

岡:はい。ただ幇間(ほうかん=たいこもち)も座敷で舞っていたようなので、(男性の舞い手が)いなかった訳ではないです。けれども、昔の舞の番組を見ると大半は女性です。

鈴:今回、男性舞踊家は、男性の恰好で舞っていましたよね。女性の恰好をした舞も見られたらと思っていましたが、なかった。作品中では、女性の部分も踊られていたようですが。

岡:山村友五郎さんの「古道成寺」と吉村輝章さんの「桶取」がそうでした。

鈴:でも恰好としては、男性のままでしたよね。それは作品によるのでしょうか、それとも自分で選べるんですか?

岡:そもそも作品が、女性を描く作品なのか、男性を描く作品なのか、複数の役柄を舞い分けるか、という違いがあるので、作品によります。また役の扮装をする「衣裳付」の場合と、普通の着物で舞う「素踊り」とあって、今、京阪の男性舞踊家が女性の扮装で舞う機会はあまりないですね。ただ吉村流四世家元の吉村雄輝さんは、(衣裳付の女方の拵えの)写真が残っていて、全くない訳ではないと思います

鈴:やはり着物の多彩さ、美しさは作品ごとにすごく目を引きますね。舞台美術が座敷ということもあるんでしょうけれど、背景が派手でない分、着物が一つの美術にもなっていると感じました。また裾がすごく長いのに、捌き方が自然で効果的でした。

岡:(裾裁きは)難しいと思います。私も(舞の)お稽古をしていましたが、そこまでいかなかったので分かりませんが(笑)。

鈴:思っていた以上に動きが多彩ですよね。動きに制約のある着物で踊る、と思って観に来たので、膝を舞台についてズリズリするとか(笑)しないと思っていた。ところが意外とアクティブだったっていうのが、拝見して初めて分かった。

岡:そうですね。意外と自由で、動きが結構出ます。昔の人は着物で生活していましたから、当然動ける訳です。
 この国立劇場のシリーズは、東京の人の好みの番組構成だと思います。上方の流派を集めて「舞の会」をする場合、地歌の座敷舞ばかり並べると、関西ではそんなに喜ばれなくて、歌舞伎舞踊を入れたりしているようです。いかにも関西っぽい、「地唄舞」「座敷舞」という言葉に感じるノスタルジックな感じを、東京の人たちが見たがっているというニーズに応えているのでしょうね。
 ただ、この公演が東京で続いてきた意義は大きい。これがなかったら、関西に座敷舞がある事自体、あまり知られていなかったと思います。国立劇場が取り上げ、企画してくださるのは価値が高く、重要でした。だからこそ来年、国立劇場の建て替えで、空白時期に入るこれからの6年間が本当に心配です。

研究対象としての「舞」

岡:私は20歳ぐらいのとき、先代の四世井上八千代の舞を拝見して、とてもびっくりしたんです。東京・歌舞伎座のような広い空間でも、出ていらしただけで、心を鷲掴みにされ、目が離せない。本当に空気が変わる。「この方、どういう方?」と思い、こんな舞があったのかと。それから、なるべく公演に伺うようになった。それまで歌舞伎舞踊をよく見ていたわけでもないですが、私は東京生まれの東京育ちなので、「関西の舞って違うんだな」と関心が沸いたのが最初です。
 当時、四世は80代半ばでしたが、全部の舞が頭に入っていたと伺います。ですから前日にさらったりせず、いきなり来て、何でも舞えたというんですね。余程、小さい頃からの修行が凄かったのだと思う。新派の「京舞」(北條秀司作)にも(修行の厳しさが)書かれています。今の五世も、その四世に育てられているから、大変だったと思います。私は東京の人間だったからこそ、井上流を研究できたのかもしれません。関西の研究会で、井上流について発表すると「怖いもの知らず」って言われました(笑)。
 そして私は、この国立劇場の「舞の会」に本当に育てていただきました。当時、「舞の会」の制作ご担当だった斎藤雅美さんに、勉強会まで開いていただいた。そこで貴重な資料や、昔の映像をたくさん見せて頂いたんです。それだけに国立劇場の建て替えで次の公演で最後、と聞いてショックを受けています。ぜひ(建て替え中も「舞の会」を)維持して頂きたいです。
 また研究を始めてから、五世に(舞の稽古で)入門させて頂き、とても親切にしていただきました。四世や高弟のみなさまにご紹介下さったり、昔をよくご存知の芸妓さんを集めてお話を伺う機会も作ってくださって、お世話になりました。五世も研究心の強い方なので、ご支援くださったと思います。
 その後、忙しくなってしまい、舞のお稽古は続けられなくなってしまいましたが、舞のお稽古、本当に大変でした。私は下手だったので、肉体的にも精神的にもきつかったです。でもお稽古したことで、とても勉強になりました。

編集:飯塚友子(産経新聞記者)


※写真撮影時のみマスクを外しました。

※後編はこちら

  

プロフィール

岡田万里子(桜美林大学教授)
東京都出身。1991年早稲田大学第二文学部卒業。1999年早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。2011年早稲田大学にて博士(文学)取得。早稲田大学演劇博物館助手、立命館大学アートリサーチセンター研究員、パリ第4大学ソルボンヌ校極東研究センター招聘研究員、ミシガン大学日本研究センタートヨタ招聘教授などを経て現職。京舞井上流をはじめ、近世・近代の京阪の日本舞踊を中心とした芸能史を研究している。主著に『京舞井上流の誕生』(2013年、思文閣出版、サントリー学芸賞受賞)。
鈴木ユキオ(振付家・ダンサー)
静岡県出身。1997年アスベスト館に入館し、舞踏の研鑽を積む。後、舞踏家・室伏鴻のカンパニーKo&Edge Co.に参加し、国内外で幅広く活動。舞踏にとどまらず多彩な視点から身体を見つめ、繊細かつ強靭なダンスによる作品を生み出している。他ジャンルのアーティストとのコラボレーションにも取り組むほか、ワークショップ等を通じてダンスの普及にも力を注いでいる。2008年、トヨタコレオグラフィーアワード「次代を担う振付家賞(グランプリ)」受賞。