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舞踊を語る

国立劇場第165回 舞踊公演 「素踊りの世界-日本舞踊の技法を知る-」(3月13日) 特別対談【後編】
藤間蘭黄(日本舞踊家) & 町田樹(國學院大學人間開発学部助教)

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屏風を背に、紋付きなどの衣裳だけで「素踊り」を特集した舞踊公演〈素踊りの世界-日本舞踊の技法を知る-〉をテーマとする、藤間蘭黄さんと町田樹さんの対談の後編。国内外を問わず、さまざまな場での挑戦に臨んできた二人だからこそ、コラボレーションの要諦や新たに作品を生み出すことの意義とその継承などへ熱い視線が注がれる(中編はこちら)。(以下、敬称略)

日本舞踊とバレエの身体の違い

町田(以下、町):蘭黄さんは、海外作品を日本舞踊に翻案し、バレエダンサーとのコラボレーションもされています。バレエダンサーと日本舞踊の身体で、共通点や差異は感じられましたか。

蘭黄(以下、蘭):体の使い方は、真逆です。日本舞踊はぐっと腰を落とし、地面に向かう。バレエは天に向かってポーンと飛ぶ。ところが何かを表現するという意味においては同じです。『信長-SAMURAI-』初演時、面白かったのが共演した露マリインスキー・バレエ出身のファルフ・ルジマトフさん、露ボリショイ・バレエ出身の岩田守弘さんともに「僕たちは何をやっても、古典の動きです。古典の動きの上に、新しい動きを加えていく。古典が一番大事です」と共通言語のようにおっしゃっていた事です。私は小さい頃から、祖母の(藤間)藤子と母の(藤間)蘭景から、「古典が大事。古典をしっかりとやらないうちに、新しいものを作ってもできるはずない」とずっと言われ続けたので、こんなところに共通点があったかと驚きました。
 あとお互い、絶対に真似をしない。逆にいうと、お互い真似できないと知っている。私は彼らのような回転やジャンプはできない。拠り所は小さい頃からやってきた古典です。彼らは私がすり足をすると、ジーっと見ていた。でも決して、真似をしません。お互いに歩み寄らず、自分の持つものをぶつけ合ったのが、成功の理由だったと思います。

町:蘭黄さんは、「日本舞踊とバレエは真逆」とおっしゃいました。もちろんそうですが、一方で重なる部分もあると思います。バレエは、床をどれだけ使うかが大事です。我々は引力で地球にボンッと落ちて、地面にくっついている。日本舞踊について私は素人ですが、拝見していると足で床をつかみ、丹田に力を入れ、身体の強さを出していると思います。柔道も、畳を足の裏でつかむという言い方をしますね。実はバレエも、足裏で大地をつかんでいて、それこそが高い跳躍に繋がるんです。
 日本舞踊は、足裏からあたかも根っこが地面に張っているようで、びくともしない強さがあり、それが一つの美質だと感じました。この強さっていうのは、どの舞踊にも通じるところがあるのではないでしょうか。

コラボの極意とは

蘭:2018年に大分県で国民文化祭があって、フィナーレの脚本・演出・振付を担当しました。地元の文化団体が一堂に会する、90分くらいの作品です。出演は日本舞踊のほかバレエ、ヒップホップ、ジャズダンス、民謡、詩吟にコーラス、テノール歌手と約10団体。でも1団体1シーンを配分するのは予定調和で面白くない。そこで紋付袴姿の男性50人が吟じている前でジャズダンスの女性が踊り、長唄三味線に合わせバレエダンサーが舞うなど様々なコラボレーションをして、最後はテノール独唱から全員のコーラス。その歌詞まで書きました。
 その時、合言葉のように「お互いに忖度せず、普段みなさんがやっている一番の得意技を出して下さい」と申し上げました。得意技をぶつけ合うと面白いものが絶対できます。

町:コラボレーションで、お互い歩み寄らないというのは、非常に納得がいきます。フィギュアスケートも、他ジャンルの方とアイスショーでコラボレーションする機会がありますが、歩み寄って失敗するケースも散見される。それはなぜか。フィギュアスケートの本質を変えてまで、別文化に歩み寄ると、もはやフィギュアスケートではなくなるからです。往々にしてそうなってしまうコラボレーション作品があります。ですから蘭黄さんのお言葉、心底同意します。
 各ジャンルには冒しがたい本質があって、バレエなら「パ」という基礎や足の形、動きの型がある。いわばバレエの言語です。「パ」を用いて踊るからバレエなんです。フィギュアスケートも独自のステップがあり、それを使って滑るからフィギュアスケートなのであって、その「パ」やフィギュア独自のステップを排し、他ジャンルの動きを無自覚に取り入れると、フィギュアスケートでもなければ、コラボしたジャンルの踊りでもない、中途半端な作品が生まれてしまう。ジャンル間の協働は非常に難しい、と痛感します。
 蘭黄さんは、40代半ばまで他ジャンルをあえて禁欲的にご覧にならなかったそうですね。それまで日本舞踊という確固とした軸になるものを培ったから、蘭黄さんは「歩み寄らない」という極意を悟られたのだと思いました。

蘭:今、コラボ流行りでみなさん、自分のジャンルだけでは飽き足らず、色々な可能性を求めていると思います。でもうまくいかない理由は、町田さんがおっしゃった通りで、コラボによって日本舞踊でなくなるからです。なまじ体が利くものだから、例えばヒップホップの人とコラボすると、日本舞踊家が〝なんちゃってヒップホップ〟をやり、得意になってしまうこともあります。自分は全然違う体の使い方ができて楽しくても、お客様はたまったものではない。ですから私は、他ジャンルの人と作品を作る時は、「歩み寄らないでください」と必ず言っています。結果的にそれが、一番いい。

古典と新作の関係

蘭:『信長』は再演で作品が磨かれ、踊る人間も役を深められ、新たな発見ができました。どんどん熟成され、面白いものになっていると感じます。

町:古典の強みは正にそこですね。

蘭:古典も、最初は新作でした。今日まで残っているから古典になる。汎用性や文化的背景もありますが、作品が残るには理由があります。新しい作品でも、古典に則る。我々日本舞踊に携わる者が陥りがちな「古典と創作は両輪」という考え方があります。私はむしろ右と左の両輪ではなく、創作・新作は古典の一番上にちょこんと乗ってできるものなのでは、という気がしています。積み重なりの結果だと思います。
 私が20代の頃は、小劇場が大流行りでした。同世代の劇作家・演出家の鴻上尚史さんが主宰されていた劇団「第三舞台」を見に行ったら、面白くて衝撃を受けました。吉田日出子さん主演の「上海バンスキング」などのミュージカル、バレエもオペラも魅力的でした。でもある時、このままでは向こうにかぶれてしまう、と気づいた。それは日本舞踊家としてどうなのか。それで20代後半に、しばらく見ないでおこうと自分に禁じたのです。それからは、音楽は邦楽、観るのは歌舞伎と能狂言、日本舞踊のみ。40代半ばくらいまで続きました。
 実は伝統芸能だけでも見るものが多く、吸収するものも多かった。40代半ばになって、改めてバレエやオペラを見たら、受け止めが全然違いました。ある意味、かぶれない。作品を見ても「日本舞踊だったら、こうやる」などと、必ず日本舞踊という目で見られるようになったんです。ですからこの間に、日本舞踊という根を張って、太い幹がある程度できたのかなという気がします。

町:私などは、まだまだ若輩者ですから、他ジャンルのいいものを見ると、揺れてしまいます(笑)。幹がしっかりできるまで、自分の本領で養分を蓄え、揺るがない軸を築いた上で他文化に接し、今はコラボレーションに至る-という蘭黄さんの経緯と過程を大変、興味深くお伺いしました。
 古典と新作が両輪ではなく、積み重なった古典の上に新作が来るという、その考え方も素晴らしいと思います。私は今、研究者をしていますが、アカデミックな世界では「巨人の肩の上に乗る」という言葉があります。研究とは、私が独自に勝手な発言をするものではない。先人たちの先行研究に学び、その先人たちが積み重ねてきた知識を踏まえるからこそ、新しい発見ができるんです。その代々継承されてきた研究という営為が積み重なって、学問が成り立つ。正に同じ考えだと思います。実は私も、古典と新作は両輪だと思っていたので、ハッとさせられました。
 日本舞踊とは何たるや。フィギュアスケートとは何たるや。古典から学んだ技法に通じることで、初めて新作を生み出せるという意味において、正に積み重ねだと痛感しました。蘭黄さんの取り組みを蓄積し、次世代に継承してほしいです。
 今公演のような、誰にも楽しめる導入的な公演をきっかけに、鑑賞者も増えてほしいです。スポーツの世界ではよく、「する、見る、支える」と言います。スポーツをする人、見る人、支える人、この3者が連携することによって、一つの文化が継承されていく。日本舞踊も同じですね。

蘭:確かに同じですね。

町:日本舞踊と同様、今ではフィギュアスケートでも様々なジャンルの作品が生み出されるようになりました。最初はクラシック音楽を主に使っていましたが、現在ではヒップホップやポップス、アイドルの歌、ジャズ、タンゴなど色々なジャンルを使います。でも本質を押さえず歩み寄ると、タンゴでもなければフィギュアスケートでもない、B級芸術になってしまう。だからこそ、スケートとは何かという本質を、大切にしないといけない。
 フィギュアスケートの世界に古典はありませんが、古典となりうる素晴らしい作品群があります。それらの作品は、模範、規範と言ってもいいでしょうか。それを、次代を担うスケーターに学んで頂き、その上でさらにフィギュアスケート史上に新作を積み重ねていく-そういう作品作りや演技が増えてほしい、と蘭黄さんのお話しを伺って思いました。

フィギュアスケートの挑戦「継承プロジェクト」

蘭:フィギュアスケートは表現をした上で、競技として点数が付くというのが…全く想像がつきません。私どもからしたら、「やめてくれ!」って感じ(笑)。

町:それは本当に大変です。スポーツの要素があるので、点数が付き、勝ち負けがハッキリする所に、分かりやすさやキャッチ―な部分があると思います。だからこそフィギュアスケートは今や、メディアにおける報道量が野球、サッカー、相撲につぐ人気スポーツにまで成長したのでしょう。一方で、採点規則に従わないといけませんので、やはりどうしても演技が画一化してきてしまいます。私は、それが今のフィギュアスケート界の最大の課題だと思います。
 一方で、アイスショーのような、採点のない舞台もある。でも現状では、競技とアイスショーの二つを見比べてみても、あまり差別化が図られていません。ですから競技の方がどんどん勢いづいています。せっかく採点から解き放たれた表現の舞台があるのだから、固定観念や価値基準から離れ、自由な発想で踊ってほしいと思いますが、なかなかそうはいかないですね。

町:実は私、今年から「継承プロジェクト」というフィギュアスケート界初の、新たな試みを始めました。フィギュアスケートの世界には古典作品がなく、スケーターは振付師から、独自の演技を、いわばオーダーメードで振り付けてもらってきました。そのため、フィギュアスケートの作品は基本的に振り付けを与えられたスケーターが踊るのを止めると消滅してしまう運命にありました。でも優れた作品は人(踊り手)を育てます。日本舞踊は、古典の上に新作が成り立つというお考えですよね。バレエもプティパ振付の『白鳥の湖』は、世界で受け継がれています。そうした継承行為がフィギュアスケートの世界にはなかった。
 そこで「継承プロジェクト」では、私が振り付けた作品について、上演権を許諾して、適格なスケーターに踊って頂く。今、平昌オリンピック代表の田中刑事選手に、2014年に私が振り付けて演じた『ジュ・トゥ・ヴ』という作品を滑り継いでもらっています。このような試みが定着したら、フィギュアスケートの世界でも作品を重視する流れができてくるのではないかと期待しています。
 先ほど蘭黄さんは、古典を演じる年齢によって、役柄に対する新たな発見があるとおっしゃいました。古典作品から踊り手が学び、古典をさらに継承していく。その一方で、踊り手は古典作品の新たな価値や魅力を開拓する。作品の継承行為は、こうした作品と踊り手の互恵関係を生み出すのではないでしょうか。そのような互恵関係をフィギュアスケートの世界でも築きたいと思って取り組んでいます。

蘭:画期的ですね。

町:日本舞踊の歴史がここまで続いているのは、もちろん代々の踊り手がいたからですが、古典となった良質な作品があるのも大きいのではないかと推察しています。フィギュアスケートは19世紀半ばに生まれ、かれこれ150年以上を経ています。その歴史は、競技という制度によって築かれてきました。でも、作品を軸に歴史が編まれてもいいのではないか。作品の蓄積という新たな発想に、多くの方々がご共感頂けたら、という願いも込めています。バレエも日本舞踊も、作品と歴史が同一ですよね。そういう先行芸術を追える、舞踊芸術としてのフィギュアスケートを定着させたいと願い、私は活動を続けています。

蘭:素晴らしいですね。ただフィギュアスケートの競技を拝見する度、舞踊家目線で実は残念に思うことが一つあります。4回転ジャンプの前に、「さぁジャンプします」っていう準備動作で、どうしても流れが途絶える。一つのパフォーマンスとして捉えた時、気になってしまう。ダンスパフォーマンスとしてのフィギュアがあるなら、そういう〝準備〟も見えなくなるのでしょうか。

町:私が振り付けてきた作品では、統一的な作品世界の流れが途切れないように最大限配慮しています。ただ競技の世界で4回転ジャンプというのは、人間の極限の動きなんです。ものすごいスピードを付けて、ものすごいエネルギーで飛ばないといけない。ですから準備動作は、どうしても必要になってきます。

蘭:そりゃそうですよね(笑)。

町:ですので、競技としてのフィギュアスケートで、芸術表現を追い求めるには、どうしても限界があります。

蘭:逆に芸術表現としてのフィギュアスケートを追求するなら、必ずしも4回転は必要ではなくなりますよね。そこは非常に面白い。ある種の発想の転換ですよね。

日本舞踊の発信に向けて

蘭:私は日本舞踊を、何とか一人でも多くの方に知って頂きたい。それが一番の大命題。あとは自分がやってきた事を、続けるしかない。でも本当は、話すより踊る方がいいですよ(笑)。

町:私も大学の授業で、これからは日本舞踊の醍醐味や面白さを学生に伝えます。フィギュアスケーター、ダンサーにもお伝えしたい。今後ともよろしくお願いします。

蘭:祖母の晩年は、殆どプロしかお弟子さんを取らなかったんです。つまり〝踊りの先生〟対象の稽古場だったのですが、今は初心者も大歓迎しています。大人になって初めて着物を着て、初めてお扇子を持つ方も、いつでも入門をお待ちしています。
 今はお稽古場を開放し、踊りの催し「日本舞踊の扉」もやっています。踊りを15分くらいのダイジェスト版にして、解説をつけてお気軽にご覧頂く。少しでもうちのお稽古場と日本舞踊を、知って頂きたい。すると近所のお寿司屋さんが、「玄関までしか入ったことないけれど、お稽古場がこうなっているとは知りませんでした」って、ご興味を持って下さった。また、「日本舞踊の可能性」という公演も続けています。

町:お伺いしています。アダプテーションもの(翻案作品)はそちらで上演されているんですよね。

蘭:私と同じ問題意識を持つ日本舞踊家は多い。そういう人たちが、同時多発で色々やるのがいいのかな、と思います。それをジャンルを超え色々な方に観て頂くのが大事だと思うんです。

町:この公演で、日本舞踊の魅力を存分に堪能しましたので、私も引き続き拝見したいです。本日は貴重なお話を伺わせていただき、ありがとうございました。

編集:飯塚友子(産経新聞記者)


※写真撮影時のみマスクを外しました。 

特別寄稿~対談を終えて~

藤間蘭黄 選手として活躍なさっている姿しか存じ上げませんでしたが、実際にお目に掛かってお話しさせて頂くと、その洞察力や理解力に大変驚きました。さすが「氷上の哲学者」と、改めて感銘を受けました。 日本舞踊を(歌舞伎も含め)ご覧になるのは初めてとの事ですが、最初の私の拙い解説はあったものの、あそこまで深く理解し、お楽しみいただけていたと聞き、大変感激いたしました。文化に対する考え方、そしてご自身が新たに挑戦なさっている取り組みも非常に興味深く、私にとりましても、とても刺激となりました。今回は「素踊り」「日本舞踊」がテーマでしたので、私がたくさん話してしまいましたが、機会があれば今度はスケートをテーマにさらにいろいろな話を伺いたいと思います。その先には新しい何か、もしかすると「日本舞踊×スケート」が生まれるかもしれません。

町田樹 舞台上で身体の相貌を次から次へと変化させていく蘭黄さんには、ただただ畏怖の念を抱くばかりでしたが、対談で直接お会いした蘭黄さんは、凛とした佇まいの中に柔和なお人柄が滲むとても素敵な方でした。今回、日本舞踊のイロハから振付・実演論、ジャンル間交流論に至るまで、様々なお話を蘭黄さんから伺うことができ、私自身、研究者としても振付家としても大変刺激的な時間を過ごすことができました。そして蘭黄さんとの対談の後、早速ゲーテの『ファウスト』を翻案した《禍神》や、ボーマルシェの『セビーリャの理髪師』を翻案した《徒用心》を映像で鑑賞し、今ではすっかり蘭黄さんと日本舞踊の大ファンになっております。まだ日本舞踊を鑑賞したことがない方は、ぜひこの対談をお読みになったのを機に劇場で直接ご覧になって見てください。きっと、かけがえのない経験となるに違いありません。

 

  

プロフィール

藤間蘭黄(日本舞踊家)
東京都生まれ。江戸時代より続く藤間流勘右衞門派の「代地」の芸系を守る。幼少の頃より祖母・藤間藤子(重要無形文化財保持者=人間国宝)、母・藤間蘭景に師事し、研鑽を積む。1978年、藤間蘭黄の名を許される。『積恋雪関扉』『忍夜恋曲者-将門-』『隅田川』など、古風な味わいを残す代地ならではの古典作品を継承するほか、振付のみならず台本も手掛け、新作も生み出している。とくに「日本舞踊の可能性」を題した公演ではジャンルを越えたダンサーと共演し、話題を呼んでいる。2016年には文化庁文化交流使として10か国14都市で公演やワークショップを行った。紫綬褒章、日本芸術院賞、芸術選奨文部科学大臣賞等受賞多数。
町田樹(國學院大學人間開発学部助教)
神奈川県生まれ。フィギュアスケート競技者として活躍し、2014年ソチ五輪個人戦と団体戦共に5位入賞、同年世界選手権大会で準優勝を収めた。同年12月に競技者引退後は、早稲田大学大学院において研究に励むかたわら、プロフェッショナルスケーターとしても自らが振り付けた作品をアイスショーなどで発表。2018年10月にプロを完全引退し、現在は大学で教鞭を執りながらフィギュアスケートの普及にも力を注いでいる。博士(スポーツ科学/早稲田大学)。主著に『アーティスティックスポーツ研究序説:フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』(白水社、2020年)。作品映像集に『氷上の舞踊芸術:町田樹振付自演フィギュアスケート作品Prince Ice World映像集2013-2018』(新書館、2021年)。