あらすじ・見どころ

【四段目】

  • 天拝山の段
  • 北嵯峨の段
  • 寺入りの段
  • 寺子屋の段

天拝山の段

 筑紫にいる菅丞相(かんしょうじょう)の元を訪れた白太夫(しらたゆう)はその心を慰めます。父に続いて丞相に付き従うため現れた梅王丸(うめおうまる)は、丞相殺害を目論んでいた藤原時平(ふじわらのしへい)の家来を取り押さえます。帝位を望む時平の、丞相ばかりか天皇や法皇までも殺害しようという野心を聞いた菅丞相の形相は怒りに一変し、雷神となって火炎と共に天に向かい飛んでいくのでした。

 白太夫による飄逸(ひょういつ)な牛の講釈ののち、菅丞相が忠臣ゆえの憤怒により雷神の姿に変ずるスペクタクルに移行します。御霊(ごりょう)信仰の対象である道真のイメージを投影された姿が描かれます。この場面で使われる特殊かしら「丞相」は憔悴した流人の姿と怒りに形相が一変する仕掛けが見ものです。

毛色を吟味する時は黒いが極上、
それで一黒。
次に直頭とは頭の見どころ、
頭とはかしら、
何方へも傾かずまんろくながよいさかいで、
直頭と申します……
次第を上から云ひ立つれば一石六斗二升八合、
牛の講釈、モーウ仕舞ひでござんまする

北嵯峨の段

 菅丞相(かんしょうじょう)の御台所(みだいどころ)は、梅王丸(うめおうまる)の女房・春(はる)と桜丸(さくらまる)の女房・八重(やえ)に傅(かしず)かれ、北嵯峨に隠れ住んでいます。そこへ藤原時平(ふじわらのしへい)の家来が襲い掛かり、御台を庇う八重は討ち死に、御台の身が危ういところを山伏が現れ、御台を抱えて去っていきます。

 昭和47年以来51年ぶりの上演、夫・桜丸に続く八重の悲劇と次の「寺子屋」に続く伏線が敷かれます。

寺入りの段/寺子屋の段

  • 寺入りの段
  • 寺子屋の段

 武部源蔵(たけべげんぞう)と戸浪(となみ)の夫婦は寺子屋を営み菅秀才(かんしゅうさい)を匿っています。そこへ母親に伴われた小太郎(こたろう)が入門します。母親は戸浪に小太郎を預けると後刻また戻ると言って去っていきます。

 武部源蔵が沈痛な面持ちで帰ってきます。菅秀才を匿っていることは時平(しへい)方に露見しており、春藤玄蕃(しゅんどうげんば)から菅秀才の首を差し出せと厳命された源蔵は、若君の身代わりにふさわしい小太郎を討ってこの窮地を逃れる決意を固めたのでした。玄蕃と松王丸(まつおうまる)が登場、菅秀才の首を討てと源蔵に命じ、源蔵は小太郎の首を携え出てきます。菅秀才の顔をよく知る松王丸の検分は「菅秀才の首に間違いなし」でした。満足した玄蕃一行は去っていきます。

 緊張の糸が切れ安堵した源蔵と戸浪でしたが、小太郎の母が戻り当惑します。源蔵が母親に斬り付けると、母親は「若君の身代わりはお役に立ちましたか」と叫びます。さらに現れたのは松王丸。母親は松王の女房・千代(ちよ)だったのです。松王丸は時平の家臣となったがために大恩ある菅丞相と敵対する立場になったことを悔やみ、我が子を身代わりに立てるべく寺子屋に送り込んだのでした。松王丸夫婦は健気に死んだ小太郎にお蔭で丞相に恩返しができたことを涙ながらに感謝し、それができずに死んだ桜丸(さくらまる)を悼みます。松王丸はまた、御台所を北嵯峨で救い出したのは自分であることを明かし、菅秀才との母子の対面をさせます。
一同は小太郎の菩提を弔うのでした。

 数ある文楽作品の中でも、最も優れた劇的展開で抜群の人気がある名場面「寺子屋」。源蔵夫婦の苦衷、首実検の緊迫、そして名曲で知られる“いろは送り”の哀調、見どころ聞きどころの連続です。

 「弟子子といへばわが子も同然」「サア今日に限つて
寺入りしたは、あの子が業か、母御の因果か」「報ひは
こちが火の車」「追つ付け廻つて来ませう」と妻が嘆け
ば夫も目をすり「せまじきものは宮仕へ」と共に涙に
くれゐたる

 こなたは手詰め命の瀬戸際、奥には『ばつたり』首討つ
音、『はつ』と女房胸を抱き、踏ん込む足もけしとむ内

 御台若君諸共に、しやくり上げたる御涙、冥途の
旅へ寺入りの、師匠は弥陀仏釈迦牟尼仏、六道能化の弟
子になり、賽の川原で砂手本。

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