令和2年5月文楽公演 5月9日[土]~25日[月]

通し狂言 義経千本桜

[第一部]午前10時45分開演|初段 大序 仙洞御所の段 北嵯峨の段 堀川御所の段|二段目 伏見稲荷の段 渡海屋・大物浦の段

[第二部]午後4時開演|三段目 椎の木の段 小金吾討死の段 すしやの段|四段目 道行初音旅 河連法眼館の段

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  • 『義経千本桜』ゆかりの地

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SCHEDULE

令和2年 5月9日[土]~25日[月]

第一部 午前10時45分開演 (午後3時25分終演予定) ※開場時間は、開演30分前の予定です。|第二部 午後4時開演 (午後9時10分終演予定) ※開場時間は、第一部終演後準備整い次第の予定です。

国立劇場託児室

  • ・月・水・土・日・祝日に開設。
    事前のご予約が必要です
    (定員になり次第、締め切らせていただきます。)
  • ・料金(税込): 0~1歳2,200円/2~12歳1,100円
  • ・受付時間: 平日午前10時~12時/午後1時~5時
  • ・ご予約・お問い合わせ: 0120-788-222 
    イベント託児・マザーズ

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  • 大序 仙洞御所の段
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  • すしやの段
  • 道行初音旅
  • 河連法眼館の段

    令和2年5月文楽公演|通し狂言 義経千本桜

    5月文楽公演は『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』と並ぶ人形浄瑠璃の三大名作のひとつ『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』です。

    源平争乱を舞台に、源義経(みなもとのよしつね)の流転に、敗れた平家の武将たちのそれぞれの後日譚を絡め、巡る因果と恩讐、哀感あふれる別離、そして神秘的な展開と、数々の名場面に彩られた感動的な大作です。

    物語の発端に当たる大序「大内の段」を98年ぶりに復活し、平成から改元後の初めての文楽公演として総力を挙げて取り組みます。王朝ロマンに彩られた大作の全容をどうぞお見逃しなく!

    第一部 午前10時45分開演【初 段】
    大序 仙洞御所の段 / 北嵯峨の段 / 堀川御所の段

    平家追討の大功を立てた源義経ですが、兄・頼朝(よりとも)に謀反の志を疑われ、立場が危うくなります。また、平家方の知盛(とももり)、維盛(これもり)、教経(のりつね)の三人の差し出された首が偽物であり、この三人の生存が義経の立場と世情に暗雲をもたらします。

    頼朝方の重臣・川越太郎(かわごえたろう)は義経を訪れ、義経が平家一門の娘・卿の君(きょうのきみ)を正妻にしていることを詰問します。夫の窮地に卿の君はその場に現れ、自害を図りますが、これは義経を巡る様々な思惑があってのことでした。

    傾く義経の運命をめぐる息詰まる問答、硬骨漢・川越の哀しみを押し殺した述懐、一大叙事詩の重厚な幕開きです。

    大序 仙洞御所の段
    北嵯峨の段
    堀川御所の段

    【二段目】
    伏見稲荷の段 / 渡海屋・大物浦の段

    頼朝との対立が決定的となった義経は愛妾・静御前(しずかごぜん)に初音の鼓(はつねのつづみ)を託し、源九郎(げんくろう)の名を与えた家臣・佐藤忠信(さとうただのぶ)を供に付けて別れ、都落ちします。九州へ落ち延びようとする義経一行は、摂津大物(兵庫県尼崎市)の船宿に潜伏していた旧敵・平知盛(たいらのとももり)と対峙します。

    安徳天皇(あんとくてんのう)を報じ、死力を尽くす知盛の奮戦と悲壮な最期、幼い帝を命がけで支える典侍の局(すけのつぼね)の献身と哀愁。壮大なスケールを持つ一大戦記をご堪能ください。

    伏見稲荷の段
    渡海屋・大物浦の段

    第二部 午後4時開演【三段目】
    椎の木の段 / 小金吾討死の段 /
    すしやの段

    落ち延びた平維盛(たいらのこれもり)は吉野の鮓屋(すしや)に匿(かくま)われ、離散したその妻子一行は山中の逃避行を続けます。潜伏する維盛にも追手が迫り、鮓屋の息子でならず者の権太(ごんた)が褒美欲しさに維盛の首と妻子を頼朝方に渡します。しかし、これには無頼漢・権太の深謀が隠されていたのでした。

    大和の山村を舞台に、幾重にも巡る報恩と因果の物語、人間ドラマの傑作です。

    椎の木の段
    小金吾討死の段
    すしやの段

    【四段目】
    道行初音旅 / 河連法眼館の段

    桜咲く吉野山を越え、静御前と忠信は義経のもとにたどり着きます。しかし到着した忠信と義経との対面は何とも奇妙な模様です。義経と静は一計を案じ、忠信の正体を突き詰めようとしますが……。

    満開の桜が舞い散る絢爛たる舞台、名曲「道行初音旅(みちゆきはつねのたび)」の豊かな響き、そして正体を顕した忠信の口から語られる親子の情愛。神秘に満ち、心を揺さぶる展開により、この一大史劇が締めくくられます。

    道行初音旅
    河連法眼館の段
    • 義経弁慶隠家跡
    • 『摂津名所図会』「尼嵜大物社」(国立国会図書館蔵)
    • 『新形三十六怪撰』「大物之浦ニ霊平知盛海上ニ出現之図」(国立国会図書館蔵)
    • つるべすし弥助(提供=下市町役場)
    • いがみの権太の墓(提供=下市町役場)
    • 吉野山上千本の眺め(提供=吉野山観光協会)
    • 吉野山中千本の眺め(提供=吉野山観光協会)

      『義経千本桜』ゆかりの地

      【二段目】
      「渡海屋・大物浦の段」 大物浦

      二段目「渡海屋・大物浦の段」の舞台・大物浦は、現在の兵庫県尼崎市大物町にあたります。現在では内陸化していますが、古くは淀川の旧河口の港で海運の要の地でした。この地にある大物主神社(おおものぬしじんじゃ)の社殿左手には「義経弁慶隠れ家跡」があります。

      義経弁慶隠家跡
      『摂津名所図会』「尼嵜大物社」(国立国会図書館蔵)

      兄・頼朝と不仲となった義経が都落ちする様を描いた謡曲『船弁慶』は、この地が舞台となっており、大物浦で静御前と別れて出船した義経達の前に、平知盛の幽霊が現れるという筋になっています。

      『新形三十六怪撰』
      「大物之浦ニ霊平知盛海上ニ出現之図」
      (国立国会図書館蔵)

      『船弁慶』を始めとした謡曲などの先行作を取り入れて作られた「渡海屋・大物浦の段」は、合戦で入水した知盛が実は生き延びていて、大物浦の廻船問屋主人・渡海屋銀平に変装し、義経への復讐の機会を狙っていると設定しました。知盛が正体を顕す場面では、知盛は白装束をまとい、「そもそもこれは桓武天皇九代の後胤(こういん)、平の知盛幽霊なり」という謡曲の詞章そのままに登場します。

      【三段目】
      「すしやの段」 つるべすし弥助

      奈良県吉野郡下市町に店を構える鮓屋「つるべすし弥助」は、創業800有余年、多くの文人たちに愛されてきた老舗です。江戸時代には、仙洞御所へ献上もされていました。当主は代々「宅田弥助」を名乗り、現在は49代目当主が継いでいます。

      つるべすし弥助(提供=下市町役場)

      三段目「すしやの段」の舞台は、この「つるべすし弥助」をモデルとしています。段切に「吉野に残る名物に、維盛弥助といふ鮓屋、今に栄ふる花の里、その名も高く顕はせり」とあり、三段目の物語は初演当時の観客もよく知っている釣瓶鮓屋の由来である、として締めくくられます。

      現在、お店の敷地内には維盛塚などがあります。また、吉野川沿いのいがみの権太の墓は、彼が茶店を営んだ地とされています。

      いがみの権太の墓(提供=下市町役場)

      【四段目】
      「道行初音旅」 吉野山

      奈良県吉野山は桜の名所として全国的に有名です。 “一目千本”と言われる吉野の桜は、日本古来より親しまれてきたヤマザクラをはじめ、多くの桜が密集し、山全体を埋め尽くしていきます。これらの桜は、花見や行楽のためのものではなく、山岳信仰と結びついたものとして、現在まで大切に保護されてきました。

      吉野山上千本の眺め(提供=吉野山観光協会)

      義経は、鞍馬山での縁を頼りに吉野の衆徒頭・河連法眼の館に身を寄せています。義経が吉野にいると聞いた静御前は、佐藤忠信を伴に都から吉野に向けて大和路を進みます。満開の桜の中、二人が八島(屋島)の戦いの様子を語りながら舞い踊る様は幽玄味にあふれ、目にも耳にも華やかな場面です。

      吉野山中千本の眺め(提供=吉野山観光協会)

      【四段目】
      「河連法眼館の段」 源九郎稲荷神社

      奈良県大和郡山には「源九郎狐」の伝説が残されており、「大和の大和の源九郎さん遊びましょ」という童謡で親しまれています。この狐の伝説は、「源九郎」の名から、源義経とも結びついていきました。「河連法眼館の段」でも、「まだせめてもの思ひ出に、大将の給はつたる源九郎をわが名にして、末世末代呼ばるゝとも」「大和国の源九郎狐と言ひ伝へしも哀れなり」とあり、物語の筋と源九郎狐の伝説を結びつけています。

      源九郎狐を祀る大和郡山市の源九郎稲荷神社では、社の由来として「源義経が兄頼朝の討手を逃れて、吉野山に落ちのびたとき、白狐が佐藤忠信に化けて、側室静御前を送り届け、義経と静を守り通すのだった。義経に狐であることを見破られるが、この狐は静が持つ初音の鼓が両親でできていたことから、それを慕って佐藤忠信に化けていたことを話すと、義経は親を慕う狐に同情し、また自分たちを狐の神通力で守り通してくれたことに感謝し、自分の名である「源九郎」をこの狐に与えた」と伝えられています。

      人物相関図