初代国立劇場を語る ⑬
雅楽の可能性豊英秋

雅楽公演に出演
国立劇場で70もの公演に出演させていただきました。開場当時は私も宮内庁楽部の楽師に任官したばかりで、先輩方はもう錚々たる方々ですので、何しろしっかりついていこうと頑張っていました。第2回雅楽公演(昭和42年3月)に『胡徳楽』の舞人で出ていますが、六臈(舞の6番目の役)で、ずっと待っていてつらかったなあ、といったことが不思議と思い出されますね。

『胡徳楽』
「舞楽」
(昭和42年(1967)3月 第2回雅楽公演)
新しい雅楽
その『胡徳楽』は復活上演でした。普段の楽部の活動は、宮中儀式や定期演奏会のため、ある程度定まった曲目をしっかりやる、ということに重点が置かれ、明治撰定譜を離れることもありません。国立劇場では、こうした復活物や、現代作曲家による新作、さらには例えば延只拍子をクローズアップした公演など、斬新な企画が特徴的でしたね。新しいものに取り組む時、内部ではいろいろ反対意見もありましたが、私は若かったからというだけでなく、新しいものが好きでしたので、少しも苦ではありませんでした。私の舞の師匠で、穏やかな中にも威厳のある安倍季巌先生が先頭に立って復曲に取り組まれたり、東儀和太郎先生に優しく「頼むよ」と言われたりすると、結局みんな賛成したものです。むしろ若い世代の者に、こういうものをやらなければいけない、という感覚もありました。
『昭和天平楽』(昭和45年10月)は、黛敏郎先生作曲の新作初演でした。初めて新しい曲をやるということで、私は下でしたから詳しくはわかりませんが、やはり激しく議論したようですね。新しいものをやると古典が崩れるのではないか、という意見もありましたが、安倍季巌先生が「その程度のことで崩れるような稽古してきたのか」とおっしゃった。その一言で、じゃあやりましょうということになりました。
同じ公演で『蘇志摩利』も復活上演でした。明治撰定譜にない、雨乞いの曲です。撰定譜になくても、それぞれの家に残っているものがあって、そういうものから安倍季巌先生が復曲されたのでしょう。それから何度か楽部でも演奏していて、今はもう完全にレパートリーになりました。その意味では、今また“令和撰定譜”を選び直した方がいいのかもしれませんね。
新作『秋庭歌』の初演(昭和48年10月)もよく覚えています。武満徹さん作曲で、多忠麿先生や芝祐靖先生が中心となって取り組みました。古典的な雰囲気で作られていて、今はもう名曲で、古典ですね。最初、洋譜には苦労した人もいました。苦手な人は和譜に直したりして。武満さんの作品は、合唱なども使った美しさが日本人の琴線に触れるものを持っていると思います。武満さんで思い出すのは、人柄も非常に穏やかで、お酒好きでね(笑)。昔よく練習終わりにコップ酒で。考えてみると雅楽って、お酒の曲も多いですよね。お祭りなどもお酒。新嘗祭とか。私も嫌いじゃないので(笑)。
ドイツ人作曲家のシュトックハウゼン氏の新作もありました(昭和52年10月)。これは大変だった。日本の音楽との感覚の違いをはっきり感じたのは、洋譜のテンポが数字で「70」「69」と書いてあるんです。我々はこれを見て、例えば鞨鼓は連打する「片来(かたらい)」だな、と思う。黛さんや石井真木さんなどは、そうそうそれでいいですよ、と言ってくれる。ところがこの時は、1分間に70はこう、69ならこうと指定があって愕然としたもので、それに完全に対応されていたのは芝先生くらいでした。評価が大きく分かれる作品でしたが、音楽はとても面白いと思いました。
大曲も経験
国立劇場で、埋もれかけた演目や上演方法、取り合わせの面白さを掘り起こしてくれたのは本当にありがたいことだと思います。明治以降は儀式で演じるものが多かったわけですが、もっと昔は様々な楽しい構成があったはずだとも考えています。
上演時間が長すぎるものも楽部ではまずやれないので、『春鶯囀』や『新鳥蘇』(昭和49年10月)、『蘇合香』(昭和50年2月管絃、同年10月舞楽)、『盤渉参軍』(昭和52年2月)など、国立劇場でなければ取り上げられなかった公演に出演できたのは貴重な経験です。なかでも『蘇合香』の舞楽は、昭和50年の復興初演時は「序」のみであったため、私が首席楽長の時に全曲上演の企画が持ち上がり、後任の安齋省吾さんに申し送りをしました。平成23、24年の2年がかりで上演した際、私は既に楽部を退官していましたが、安齋さんから「責任を取って出てくれ」と言われて(笑)、喜んで出演させていただきました。

『蘇合香』
国立劇場開場四十五周年記念「舞楽 大曲 蘇合香 一具《後篇》」
(平成24年(2012)2月 第70回雅楽公演)
国立劇場のこれから
劇場が新しく生まれ変わるということですが、雅楽の取り組みは今までどおり様々な角度から取り上げてくれることを期待しています。1000年以上の歴史があるわけですから、埋もれてしまった昔の作品は、まだまだあるはずだと思っています。
57年ずいぶん勉強させてもらいました。新しいものもできました。
新しい作曲者や興味を持つ人も多いと思います。クラシックの人でもいい。これからも雅楽の可能性を広げてもらえるとうれしいですね。
〈初代国立劇場を語る
/雅楽の可能性 豊英秋〉