国立劇場と私―「不破留寿之太夫」の新鮮な驚きと感激
平成26年9月の「不破留寿之太夫」には驚きました。私の見てきた文楽は、馴染みのある筋やしみいる言葉で安心して楽しんでいられました。
ところが、この「不破留寿」は人の女房に手を出すは、居酒屋で喧嘩をするは、どうなるのかと緊張しました。しかも、舞台の端でシェイクスピアが不破留寿の言動を書き留めているので、これも面白かったです。
こんないい加減なのに、不破留寿のボス、若殿が父の地位を継ぐことになり、悪い仲間だった不破留寿をお払い箱にし、去ってしまいます。
ところが不破留寿は動じない。ここで勘十郎さんと不破留寿が突然舞台前面にでてきます。その時は勘十郎さんが不破留寿をしっかり支え、不破留寿の意思通りどこへでもいく、という場面のように思えましたし、どうなることかと劇場中で思ったと思います。不破留寿は「いい加減が一番平和、忠義で戦争に行き、ケガをしたら忠義が治してくれるのか。愉快に楽しく生きることが真の生き方だ。それができないなら、できない国に行く」といい、客席に降り、通路を歩き、後ろのドアから出ていきました。そして私たちが舞台に身体を向ければシェイクスピアがじっと見守り、幕。そして太夫と三味線の人たちが一組ずつ退場で、その都度拍手でした。あの時は「面白い演目誕生に立ち会った。この感激は江戸時代の人たちが味わったものかな」と思いました。
しかし今世界中で起こっている悲惨な争いや、なんだか生きにくいと感じている現在、改めて不破留寿の言い分を聞き「いい加減」という生き方を見てみたいです。
今後も新作をぜひ見せて、私たちを驚かせてください。
(渡辺景子様より)