皆様からの思い出

2023.06.21 更新

大好きな先生へ

 初めて観た歌舞伎は令和元年十月の「天竺徳兵衛韓噺」でした。
 小さい頃から敬愛していた小説家の先生が文章講座を開かれると聞き、その受講生となった私は「観劇会を主催しているが人数が足りない」と言う理由から、幸運にも誘っていただいたのでした。
 それまで歌舞伎には全く興味がなく、華やか、煌びやか、あまりにも眩しすぎて「私の趣味ではないのだわ」と決めつけており……敬遠していたと言ってもいいかもしれません。そんなわけで、「大好きな先生と一緒」と九割はうふふ♡と不純な動機、残りは「私に歌舞伎の良さがわかるのかしら」と不安な気持ちがありました。

 観劇後、私の心は百八十度。うふふ♡も心配もどこ吹く風。目も心も忙しく、蝦蟇の妖術に圧倒されて、気が付けばあっという間に時間が過ぎていました。赤姫様の愛らしさや、錦絵が目の前に現れたような見得の格好よさ。「幕切れ」の衝撃を体感したのも初めてで、心は宙ぶらりん。終演してもしばらく立ち上がれませんでした。正気に戻った後、先生へ「あれが!これが!」と興奮のままに感想やら質問やらを投げつけ、大層ご迷惑をおかけしました(でも楽しそうだったし)。

 それからもう一度、先生とご一緒する機会がありました。その後もずっと、何度でも、この幸せがずっと続くものだと当たり前のように思っていましたが、先生は突然に西方へと旅立たれてしまいました。
 その後も観劇会が開催されて、きっと同じ気持ちであろう友人たちと、歌舞伎や文楽を国立劇場でご一緒することができ、少しずつ先生の思い出話をして、少しは前を向けるようになった気がしています。
 歌舞伎を観た後はいつも「先生、先生」と話しかけたくなります。歌舞伎の素晴らしさを教えてくださった先生、大切な場となった国立劇場へ、ありがとう御座いました。

(武者恵理佳様より)

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