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国立文楽劇場

思いと音

やぶくみこ

文楽を初めて観たのは、高校生の時の伝統芸能鑑賞会のとき。うちの父は高校生のときによく観に通っていたという話を聞いていた。その後、私自身は東京にある大学に進学し、その後イギリスとインドネシアへ留学へ。そこで改めて日本の芸能について聞かれたりするうちに、なんとなく知っていてもきちんと語れない自分に出会う。日本の芸能を知らない自分が、帰国してまた関西に住むことになり、ほとんど日本に留学するような気持ちで古典芸能に接するようになったというのが、いまから5年くらい前のこと。留学をして、自分の国のことについて自分の言葉で十分に語ることができない悔しさを体験したことは、その後の自分を大きく変えたと思う。古典芸能に触れることは古来の人が大事にしてきた美意識に触れることができる。美意識だけでなく、思いや、まなざし。それらは文楽にたくさん詰まっている。

思いを音にする。文楽の音楽は人であり、背景であり、世界そのものだ。

必死に切実に生きる人々の心からの叫び。時に声になったり、ならなかったりする叫びにもならない声。太夫さんの声はぐぐっと人の心にフォーカスしていく。悪どいことを考え、行うキャラクターは、体の浅い場所から出てくるような声。愛おしい気持ちを伝える声は少し恥じらいながら、心の隅を耳かきで掬うような声。子を思う声はおなかの中から深いところから、でもまっすぐに出にくいような声。出にくく、伝えづらい言葉も一度言葉にすることができれば、堰を切ったように流れ出す。そして何度も何度も繰り返される。声のグラデーションで人の心を体験する。それらの声を聞くことは、心の場所が身体のどこにあるかを確認できるような経験だ。

三味線の音はそんな声の間を縫うように、そして背景を巧みに作っていく。時に効果音でもある。中でも印象的だったのは、『増補忠臣蔵』での本蔵の立聞きのシーンの三味線は印象的な音だった。悪だくらみを耳にする人の気配が音楽で表されている。

この演目では義太夫三味線と箏と尺八のアンサンブルが楽しめるのもとてもいい。

声ではないが、伴左衛門の上下の黄色と黒の縞々の衣裳は印象深い。本当にこんなコーディネートがあったのだろうか。

『艶容女舞衣』でのお園さんの姿は本当に美しかった。

人形の動きは、人の目線とともに、その思いを伝えるために丁寧につくられた動きではないだろうか。ときに樹木のように見えたり、花に見えたり、少女であったり、人形だから込められるエネルギーがそこにあるように感じた。

このお話の最後の手紙の書き置きをそこにいる全員で回し読みするシーンが好き。食らいつくように読むとはこのことだろう。気持ちと気持ちがぶつかりあう濃厚な場面だ。

『勧進帳』は人形の大きさと太夫さんの多さに圧倒される。ちょうど同時期に木ノ下歌舞伎の『勧進帳』を鑑賞していたので、今回はその違いを楽しむことができた。同じ話でも表現方法が違ったり、何度も観ていくと、見えてくるものが違う。これは本当に面白い体験で、古典芸能を鑑賞するよさはそこにあるのだろう。『勧進帳』の作品全体に染み渡っている緊張感をいろんな色合いで楽しめる。関を通過したあとの安堵感、そしてその後、富樫が追いかけてくるところでまた緊張感が戻ってくる。このシーンで弁慶という人の大きさを思い知る。

文楽で花道があるものを初めて拝見した。どーんと花道があるのはとても興奮する。きっと最後にここを走り抜けていくのが観られるんだ、とずっとワクワクしていられる。最後に走り抜けていくのは、4人。人形と3人の人形遣い。弁慶を支え、守る人がいっぱいついているようにも見える。わたしたちもこれくらい色んな力にサポートされているのだろう、などと想像しながら最後のシーンを見送る。

文楽を見に行くと体験するのが、突如ロビーではじまるピクニック。一緒に行った友人はこの光景に驚いていた。時間はぴったり30分。おにぎりの海苔のにおいがひろがる。あと、ほうじ茶とか煎茶の香りと。お弁当を食べてる人は1階で購入したものだったり、2階で購入したものだったり、手作りだったり様々。みんなさっき観た感想を言い合ったり、なんでもない話をしたり、食べているものの話をしたりしている。観た演目は歌舞伎の演目と比べてどうだったとか、最近観た他の舞台だったりとか会話の内容はバラエティーに富んでいる。この時間の和やかな空気と、観ている時の空気感の違いも楽しみどころの一つだ。

■やぶくみこ
音楽家、作曲家。1982年岸和田市生まれ。桜美林大学で音響を、文化庁在外研修員としてヨーク大学大学院で共同作曲を、インドネシア政府奨学生としてインドネシア国立芸大ジョグジャカルタ校にてガムランを学ぶ。ジャワガムランや打楽器を中心に様々な楽器を用い、楽器の本来持つ響きや音色、演奏する空間を生かした作品を提示。日本国内外で演劇、ダンス、絵画など様々なアーティストとのコラボレーション多数。京都で即興、共同作曲をベースにしたガムラングループ“スカルグンディス”を主宰。2013年より「瓦の音楽」プロジェクトを監修。京都在住。

(2016年11月13日第二部『増補忠臣蔵』、『艶容女舞衣』、『勧進帳』観劇)