江戸の庶民に親しまれた絵入りの長編小説“合巻(ごうかん)”。その中の最長編と言われる作品が、全九十編に及ぶ『白縫譚(しらぬいものがたり)』です。嘉永2年(1849)から明治18年(1885)まで刊行されました。この作品は大いに流行し、初編の刊行から4年後、原作者の柳下亭種員(りゅうかていたねかず)と交流のあった河竹黙阿弥の脚色により、『志らぬひ譚』として劇化されました。その舞台は好評を博し、続編も上演されました。さらに、この作品を題材にした歌舞伎・講談・浮世絵・双六・映画などが数多く制作されました。
『白縫譚』は、江戸時代初期に起きた筑前国黒田家のお家騒動を、主要な題材にしています。実在の黒田家をモデルにした菊地家が、菊地家に滅ぼされた豊後国大友家の残党によってお家存亡の危機に陥ります。その事態に、菊地家の執権・鳥山豊後之助(とりやまぶんごのすけ)が対峙していくという物語です。
国立劇場では昭和52年(1977)に河竹默阿弥が劇化した『志らぬひ譚』を通し狂言として76年ぶりに復活上演しました。今回は、尾上菊五郎監修のもと、原作の面白い趣向や設定を換骨奪胎して活かし、先行の劇化作品や講談などを参照しながら、新たに台本を作成します。
蜘蛛の妖術を利用して菊地家への復讐を図る大友家の遺児・若菜姫(わかなひめ)。その巧みな謀略からお家を守ろうと苦心する鳥山豊後之助、豊後之助の倅・鳥山秋作(あきさく)、秋作の乳母秋篠(あきしの)を始め菊地家の忠臣たち。その活躍を物語の主軸に据え、緊迫したドラマが展開します。
菊地家の重宝「花形の鏡」をめぐる豊後之助・秋作父子と若菜姫との対決、自らを犠牲にして鳥山家に尽くす秋篠の忠義、豊後之助の繰り出す意外な智略、変幻自在の若菜姫の変身や“筋交い”の宙乗り、足利将軍家を守る秋作の大立廻りや屋体崩しで見せる化猫退治など、見どころ満載。菊五郎を中心に、時蔵、松緑、菊之助ほか正月恒例の“復活通し狂言”でお馴染みの顔触れが揃い、歌舞伎ならではの娯楽性に富んだ華やかな舞台をご覧いただきます。開場50周年を記念する国立劇場の初芝居にご期待ください。