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【千駄ヶ谷だより】 業平と高子

3月18日(金)の定例公演では、能「小塩(おしお)」を上演します。「小塩」は京都・大原野の花見が舞台です。ひとあし先に、春の訪れを感じてみませんか。

大原野の小塩山


京都、西京区の小塩山の東麓にある大原野神社は通称「京春日」と呼ばれ、平城京の春日大社を模し、長岡京のそれとして造られました。平安京遷都後も国家鎮護のための由緒ある寺社とされ、紫式部も大原野神社に思い入れがあったようで自らの氏神としており、『源氏物語』二十九帖「行幸(みゆき)」の巻には大原野へと向かう冷泉帝の華やかな行列の様子が描かれています。

大原野にそびえる小塩山の名の由来ははっきりしませんが、在原業平が晩年に小塩山の十輪寺に住み、ここで塩焼きを楽しんだことからとも言われます。塩焼きとは、その名のとおり、海水を焼いて塩を作る製塩のこと。平安貴族のあいだでは、遠く塩竈神社(現在の宮城県にある)などへの憧れから、広い自宅の庭で塩焼きの風情を楽しむことが風流とされました。お金持ちの貴族にしかできない高級な趣味だったのでしょう。

能「小塩」は、その小塩山を詠んだ「大原や小塩の山も今日こそは神代のことも思ひ出づらめ」という『伊勢物語』七十六段に見える歌を主題に作られました。『伊勢物語』は、在原業平と藤原高子(たかいこ、二条后)の、若き日の恋物語とされています。この歌の意は「大原の小塩山も行啓を仰いだ今日こそは藤原氏の始祖の神代のことを思い出しているでしょう」という藤原氏の歴史を祝したものですが、業平がこの歌を詠んだのは大原野への行啓の際、高子の車から直接に禄をいただいた時です。そのため「神代のこと」を深読みして、業平と高子の「昔のこと」を指した恋歌と言われています。 二人の、あるいは業平にとっては、恋の高ぶりと強烈な印象を残した思い出のワンシーンだったようです。


『能楽絵図二百五十番』より能「小塩」月岡耕漁(国立能楽堂蔵)

能「小塩」ものがたり


小塩山の桜が開花しすばらしいと聞いた京都の下京に住む男は、若者たちを連れて大原野へと向かいます。花の都と言われるだけあって旧都長岡京の大原野は花見の人でにぎわっていました。そこへ桜の枝を頭にかざした一人の老人が現れます。仲間に入れてくださいという老人の様子に男は驚き、また奇妙なスタイルで現れた老人の風雅な言い訳に聞き入ります。小塩山の小松原から煙のように霞んで見える遠山桜の景色といい、匂い咲く梅といい、この景色は錦のようであると言い合う二人。「大原や小塩の山も今日こそは神代のことも思ひ出づらめ」という歌の話になると、老人は業平のことを話すと昔が思い出される、と言っていつの間にか見えなくなってしまいました。

この辺りに住む者が、小塩の明神は春日の大明神であることと、勧請された由来を述べます。五十五代文徳天皇の御宇に臨時の祭りを執行した際、二条后(高子)もこの地に共に行幸、業平も御供され、その時詠まれたのが先ほどの歌であると話します。男は、先ほどの老人が業平で、菩薩の姿を変え花に紛れて現れたのであろうと、再来を待ちます。ふたたび現れた業平は花見車に乗って登場、ありし日のことを思い出し、月夜の花見をしようと言うと、いくつも歌を引いて思いを語ります。そして高子が小塩山へお成りになった時のことは、いつまでもいつまでも忘れられないのだと言うと、業平の姿は消え、明け方の小塩山にはただ桜が匂っているのでした。


同時上演は、大蔵流山本家の狂言「附子」です。

 

 日時

  3月18日(金) 午後6時30分開演 (終演予定9時頃)

 演目・出演者

 狂言「附子」山本則俊
 能 「小塩」金春安明

 料金  正 面=4,800円
 脇正面=3,200円(学生2,200円)
 中正面=2,700円(学生1,900円)

 チケット予約

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 [電話] 国立劇場チケットセンター(10時~18時)
  0570-07-9900 / 03-3230-3000(一部IP電話等)
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