日本芸術文化振興会トップページ  > 国立劇場あぜくら会  > いとうせいこうが聞く“文楽鑑賞の極意!” 国立劇場9月文楽公演 その2 「鰯売恋曳網」

シリーズ企画

 いとうせいこうが聞く“文楽鑑賞の極意!”国立劇場9月文楽公演 その2 「鰯売恋曳網」

「鰯売恋曳網」ポスター

いとうせいこう(以下いとう)
僕は不思議なことに織田さんとは大学生時代から縁があるんですが、その織田さんが国立劇場の理事を退かれ、今回は別の立場から脚本・演出をされます。しかも、織田さんが親交の深かった三島由紀夫の新作歌舞伎を浄瑠璃化という、大変に刺激的な企画ですね。
織田紘二(以下織田)
はい。三島さんは、歌舞伎版『椿説弓張月』の全幕の作曲を担当されていた先代の五代目鶴澤燕三さんの優れた作曲と演奏、そして真摯なお人柄に深く傾倒しておられましてね。文楽公演の際には燕三さんの出番は必ず見ておられました。
いとう
はあ、そうだったんですか。文楽にも精通していたわけですね。
織田
ですから、もう少し亡くなるのが遅かったならば、その時にはきっと文楽の作品を書いたのではないかと思います。
いとう
なるほど……。織田さんは三島さんと舞台を作られていたわけですから、その言葉には重いリアリティがあります。
織田
私が三島さんの舞台で携わったのは、『椿説弓張月』の歌舞伎版と、亡くなる直前に書き上げた文楽版『椿説弓張月』の上の巻でした。自衛隊突入の前にパレスホテルで最後に手を入れていたのが、まさにこの上の巻の台本だったのです。生前の三島さんとの会話で「『鰯売』は文楽になりますね」という話をしたこともありました。単なる喜劇では終わらない皮肉な笑い、それは主人公の猿源氏と蛍火の境遇が逆転するというような皮肉なのですが、そういったものをこの作品に求めていたことを会話の中で知ることができました。
いとう
アイロニーというのは三島文学のバックボーンと言ってもよいものですもんね。
織田
ということで、それならば文楽としてもう一度この作品を見直してみたいと思い、今年が三島さんの没後40年という年に当たりますので、国立劇場との話の中で実現を見たわけです。
いとう
舞台にかけるにふさわしい時が来たわけですね。
織田
さて、この作品は御伽草子のひとつ「猿源氏草子」から筋の骨子を借りております。別の御伽草子の「魚鳥平家」という平家物語のパロディーも、軍物語の中に一部借りております。おおらかな日本の物語の深い伝統を踏襲しているわけですね。
いとう
様々な物語が交差している。
織田
して、歌舞伎として大成功をみた『鰯売』の今回の文楽化では、豊竹咲大夫さんと先代燕三師の愛弟子の当代鶴澤燕三さんによる作曲が実によく出来ております。三島さんの最期を知る者として、今回の上演は本当にうれしいことですし、責任の重大さとプレッシャーを感じております。
いとう
心して観させていただきます。
織田
実は、三島さんが山田庄一さんと共に『椿説弓張月』を歌舞伎から文楽になさる作業をされた際にも、私は傍で立ち会っておりました。その折、お二人に「文楽にするのは難しいでしょうね」とお話しましたら、三島さんが「そんなことないだろう。『忠臣蔵』だって何だって浄瑠璃から歌舞伎にしたんだ。歌舞伎から浄瑠璃に戻すんだから簡単だよ」って、山田さんと笑っておられたんですよ。
いとう
そう言われてしまえば、歴史的にはそうですが……。
織田
私もそういうものかなあと思っていましたが、実際はなかなか簡単にはいきませんでした。今回はセリフ、ト書きを全部義太夫節に置き換えて、本を作ってみました。その上で、咲大夫さんや燕三さんにも見ていただいて、さらに劇場の文芸課にも見てもらい、何度も稿を重ねて今の形になりました。そういう意味ではみんなで力を合わせて合作をした、というような作業でしたね。
いとう
合作は芸能のエネルギーかもしれません。きっと江戸時代にもそうやって共同知で舞台が作られていたんでしょうね。
織田
はい。今回、文楽化するにあたって、三島作品の精神を変えないということは誰もが考えたことでした。しかし、それでも字余り字足らずの個所や言葉が短すぎるというようなところは、たくさんの人の知恵を出し合って文楽化いたしました。
いとう
織田さんがいらっしゃればこそ出来たことだと思います。楽しみです。翻案企画の今後を占う意味でも、たくさんの人に評価していただきたいですね。

公演情報詳細

国立劇場9月文楽公演 その1 「勢州阿漕浦」へ⇒