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国立劇場あぜくら会

イベントレポート

納涼あぜくらの夕べ
能「松風」特別座談会を開催いたしました

平成27年8月24日(月)開催
於 国立能楽堂大講義室

国立能楽堂では、「演出の様々な形」と題して、能の名曲「松風(まつかぜ)」と狂言の名作「鎌腹(かまばら)」を、異なる流派の演出により10月から12月まで三ヶ月連続上演いたします。公演に先立つ「納涼あぜくらの夕べ」では、能「松風」に主演するシテ方3人をゲストに迎え、盛りだくさんの楽しいお話を伺いました。

〈立ち会い能〉への意気込み

今回の「松風」三ヶ月連続上演は、各回とも違う小書(こがき)(特殊な演出)でご覧いただく趣向です。10月は喜多流〈身留(みどめ)〉で粟谷明生さん、11月は観世流〈戯之舞(たわむれのまい)〉で観世銕之丞さん、12月は宝生流〈灘返(なだがえし)〉〈見留(みとめ)〉で武田孝史さんがそれぞれ主演されます。 まずは司会の日本女子大学教授・石井倫子さんより、「松風」について「詞章が美しく、聞かせどころ、見どころの多い作品。〈熊野(ゆや)松風は米の飯〉と言われるほど多くの人に愛されています」と解説がありました。

石井倫子さん 写真
石井倫子さん

松風・村雨姉妹と在原行平(ありわらのゆきひら)との三角関係を扱うだけに、「ドロドロとした感情を非常に美しく描いている点が面白い」との言葉に、粟谷さんが「僕はドロドロとした松風にしようかと」と返して笑いを誘い、気心の知れた同世代のお三方による座談会はなごやかなムードで始まりました。 各流派の違いを見比べられる、いわゆる〈立ち会い能〉の形式については、「最初に空振りしないように」(粟谷さん)、「大切なお兄様たちですが、敵情視察をしながら頑張りたい」(観世さん)、「最後はシテを勤めるのはしんどいですが、内心は負けたくないという気持ちで」(武田さん)と、三者三様の意気込みを語りました。

粟谷明生さん 観世銕之丞さん 武田孝史さん 石井倫子さん 写真
粟谷明生さん 観世銕之丞さん 武田孝史さん 石井倫子さん

それぞれの「松風」観

今回三回目のシテを勤める粟谷さんは、「喜多流では『道成寺』を経て演(や)らせていただける憧れの曲。とはいえこの年齢になって休憩のない長丁場でどれだけのものを生み出せるか、恐怖心が……」と笑います。

粟谷明生さん 写真
粟谷明生さん

「あらゆる能の要素が入った素晴らしい作品」と語る観世さんの「松風」との出会いは、父・八世銕之亟師の松風に村雨のツレで出演した二十二歳の時。折しも伯父の寿夫師が若くして亡くなったその日、「申合せで僕が動揺していたので親父に怒鳴られたことを覚えています。先人の思いを感じながら、命がけでやるのみです」。

観世銕之丞さん 写真
観世銕之丞さん

武田さんは二十代後半で初めて村雨を勤めた際、稽古でシテの足を引っ張ってしまったほろ苦い思い出があるとか。四十代半ばで初めてシテを勤め、「六十歳を過ぎた今は落ち着いて舞えるようにしたいですね」。

武田孝史さん 写真
武田孝史さん

思い出深い「松風」の舞台として、粟谷さんは友枝昭世師の「松風」で村雨を勤めた厳島神社での観月能を挙げ、「満月の夜でロケーションが最高でした」。観世さんは父が松風、伯父・栄夫師が村雨を勤めた舞台が忘れられないと語り、「兄弟喧嘩をしているかのように強烈でした」。武田さんは松本忠宏師の「松風」で村雨を勤めた舞台を挙げ、「シテが宝生流独特の地謡の甲(かん)グリ(高い音)を謡うのですが、素晴らしい甲グリだったのを覚えています。今回はシテと地謡の両方が甲グリを謡う〈灘返〉という難しい小書なので、今回も心して臨みます」。

小書や面の違い

各流派の小書の違いについて、詳しくは見てのお楽しみですが、「破ノ舞」の最後に框(かまち)と作り物の松の間をまわる場面は「松風」の大きな見どころのひとつです。また喜多流では小面(こおもて)、観世流では若女(わかおんな)、宝生流では節木増(ふしきぞう)というように使用する面は流派によって基本パターンがありますが、今回かける面はそれぞれ熟考中とのこと。お互いに「どんな面を?」と探り合う様子も微笑ましく、流派の型を踏まえた上で個人の解釈を大切にしていることが伝わってきました。

話題は村雨のキャラクターにも及び、「いかにツレが難しく、重要か」についても大いに盛り上がりました。多岐にわたるお話の締めには、「ペース配分に気をつけて最後にパワフルに舞えたら」(粟谷さん)、「松風の内なる想いを生かし、体力に任せて突っ走らないように」(観世さん)、「シテは『何もせぬ時に気力を充実させろ』との教え通り、今回も勤めたい」(武田さん)と、それぞれ抱負を語っていただきました。 質問コーナーでは面や装束について、また今回の〈立ち会い〉について「判定をつけては?」との意見も出て、皆さんの関心の高さがうかがえます。「投票はお客様の心の中で」との制作担当者の回答に笑いつつ、「ぜひ見比べてみてください」と口を揃えたお三方。司会の石井さんからも「このお三方で今度は『羽衣』などいかがでしょう?」という提案もあり、会場から拍手が起こりました。最後に、狂言「鎌腹」についても3パターンの展開があるという石井さんの解説があり、座談会は盛況のうちにお開きとなりました。

あぜくら会では、伝統芸能を身近に感じていただけるよう、今後もさまざまなイベントを企画してまいります。皆様のご参加をお待ちしております。

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