国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「鶴澤清介を迎えて」を開催いたしました

5月1日、文楽三味線として活躍されている鶴澤清介さんをお迎えして、あぜくらの集いを開催いたしました。聞き手は歌舞伎や文楽に造詣の深い古典芸能解説者の葛西聖司さん。清介さんとも親交のある葛西さんの巧みなリードで、5月文楽公演では『心中天網島』北新地河庄の段に出演されている清介さんの多彩な魅力をたっぷりと引き出していただきました。

葛西聖司さん、鶴澤清介さん
葛西聖司さん鶴澤清介さん

この道四十年にして、「撥の使い方、間の取り方一つでも、つい最近になってようやくわかったことがあります」という清介さん。「まだまだこの先わかることが山ほどあるだろうと思うと、生きている間には間に合いません」と笑います。
「師匠(二代鶴澤道八さん)によく『今、わしが何を言うたか覚えておき。今はわからなくても、そのうちわかるさかい』と言われました。南極探検ではないけれど、南極点に早く到達する人もいれば、雪上を迷いながら時間をかけてたどり着く人もいる。人によっていろいろな道があって面白いなぁと思いますね」

芸事とは無縁のサラリーマン家庭に育った清介さんですが、大阪下町の暮らしには浄瑠璃の詞(ことば)が根付いていました。
「中学生の時にたまたまラジオで八代目竹本綱大夫師匠、十代目竹澤弥七師匠という名人二人の演奏を聞いてビックリしまして。これはすごい芸があるねんな、と。それからラジオでの義太夫の放送を録音して繰り返し聞いていました」
高校生の頃から三味線の稽古はしていたものの、プロになろうとまでは思わず一度はサラリーマンに。とはいえ思いは断ちがたく、仕事を辞めて道八師匠に入門いたしました。
「入門して間もなく明治生まれの名人の師匠たちが次々に亡くなられて、若い我々も急に出番が増えました。どう弾いても格好がつかない毎日が続いて、ずっと高血圧でした。血圧が正常になったのはつい最近です(笑)。ちょっと弾き方を工夫するだけで、今まで弾けなかったことが弾けるようになって。なぜこれが今までわからへんかったんかな、と」

鶴澤清介さん
清介さん

豊富な話題を織り混ぜながら、これまでの歩みを振り返る清介さん。さらに、三味線の弾き方による音の変化や、童謡「ぞうさん」の歌詞に「道行風」「時代物風」と雰囲気の異なる曲をつけたり、芭蕉の俳句「古池や蛙飛びこむ水の音」に曲をつけたりと、三味線の即興演奏も。葛西さんいわく“清介流作曲術”を惜しみなく披露してくださいました。

「新作の場合はまず全体をとりあえず作曲します。それを一度リラックスした状態で客観的に眺め、序破急、起承転結を徐々につけていく。天気や体調によっても浮かぶ手が違ってくるので、一日で全部やろうとするとワンパターンになってしまうんです」
また、「曲を作る場合には言葉の力も大きいでしょうね」という葛西さんの問いに、大きく頷く清介さん。これまで手がけた中でも特に印象深いのは宮沢賢治だそうで、「『雨ニモ負ケズ』はどんどん面白いように曲ができました」とのこと。
最近では三谷幸喜作・演出による新作文楽『其礼成心中(それなりしんじゅう)』が大きな話題を呼びました。「三谷さんの文章が現代語でしたので、曲はできるだけ古典調にしようと思いました。新しくやろうと思えばできるけど、曲も今風にしてしまうとかえって締まらないので、徹頭徹尾古典で行こうと」と、創作の舞台裏を語ってくださいました。

鶴澤清介さん
清介さん

三味線について考えない日は一日もないという清介さん。「三味線を持たない時に考えるんです。『あ、こんな風に弾けるんちゃうかな』とイメージトレーニングしながら、自分の音を探していく。まだ方々にお宝が埋まっているはずです(笑)」
葛西さんと清介さんの掛け合いのような楽しいお話はもちろん、贅沢な弾き語りや、三味線に使う道具の説明など、通常ではなかなか見聞きできない三味線の世界に触れられる貴重な機会となりました。「清介さんはひとつの到達点を目指して工夫し続け、寝る時もずっと考え続けていらっしゃる。こういう方の熱い思いから文楽の今日があるんですね」という葛西さんの最後の言葉に、会場からは大きな拍手が送られました。

参加者のアンケートの感想では
「清介さんのユーモアあふれて温かな人柄に触れることができて、身近な存在に思えた。」
「童話や俳句の即興演奏を初めて聞いてとても楽しかった。あっという間の時間だった」
といったご感想をいただきました。

あぜくら会では今後も会員の皆様に伝統芸能をもっと楽しんでいただけるイベントを企画してまいります。
次回の「あぜくらの集い」は7月26日(金)に会員の皆様からの熱い声にお応えして、国立劇場バックステージツアーを開催いたします。お申込みの詳細は会報「あぜくら」6月号をご覧ください。皆様のご参加をお待ちしております。

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