増補忠臣蔵―本蔵下屋敷―

上方歌舞伎
“四代にわたる芸の継承”

若狭之助と本蔵の絆を描いた「忠臣蔵」サイドストーリー

『増補忠臣蔵』は義太夫狂言の名作『仮名手本忠臣蔵』の増補作品で、桃井若狭之助(もものいわかさのすけ)とその家老・加古川本蔵(かこがわほんぞう)の絆を描いています。『仮名手本忠臣蔵』の九段目「山科閑居」で、虚無僧姿の本蔵が大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)を訪ねますが、本作はその前日譚に当たります。

明治期に人形浄瑠璃で上演されていた同作品を大歌舞伎で初めて取り上げたのは明治30年(1897)12月京都南座で、明治後半から昭和初期の上方歌舞伎を代表する俳優・初代中村鴈治郎が若狭之助を勤めて好評を博し、その後もたびたび勤めました。若狭之助は二代目中村鴈治郎に引き継がれ、三代目中村鴈治郎(現・坂田藤十郎)も平成11年7月に大阪松竹座で手掛けました。

東京の大劇場では65年ぶりの上演となる今回、曾祖父・祖父の当たり役で父も勤めた若狭之助を、当代の中村鴈治郎が初役で勤めます。

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あらすじ・見どころ

本蔵の覚悟を見抜いた
若狭之助の情けと主従の絆

家老の加古川本蔵が高師直(こうのもろのう)に賄賂を渡したため遺恨を晴らす機会を失った若狭之助は、塩冶判官の刃傷事件の後、へつらい武士と世間で呼ばれます。主君の怒りを買ったことで蟄居の身となっている本蔵の元を訪れた若狭之助は、本蔵を成敗しようと刀を振り上げますが……。

前半では、悪臣・井浪伴左衛門(いなみばんざえもん)が主君の殺害を目論んで茶釜に毒を仕込んだり、伴左衛門に言い寄られた若狭之助の妹三千歳姫(みちとせひめ)を本蔵が救う件などが描かれます。三千歳姫が許嫁である塩冶判官の弟縫之助(ぬいのすけ)への思いを語るクドキもみどころの一つです。

後半、本蔵の覚悟を見抜いていた若狭之助が本蔵の忠義に感謝する述懐、本蔵に虚無僧姿への変装を勧めて高師直邸の絵図面を渡す若狭之助と山科へ旅立つ本蔵の別離など、本編では描かれなかったもう一組の主従の絆が描かれます。

梅雨小袖昔八丈―髪結新三―

江戸歌舞伎
“四代にわたる芸の継承”

粋でいなせな江戸の小悪党と
個性豊かな人物たちが
織りなす世話物の名作

江戸歌舞伎における生世話(きぜわ)の芸を確立させた明治の名優・五代目尾上菊五郎のために河竹黙阿弥が書き下ろした『梅雨小袖昔八丈』。江戸町奉行・大岡忠相(おおおかただすけ)が裁判した事件を題材にした人情噺『白子屋政談(しろこやせいだん)』の脚色で、髪結新三を主人公に据え、材木問屋の娘・お熊(くま)と恋仲の手代・忠七(ちゅうしち)を利用して一儲けしようと画策する様子を描いています。

明治6年(1873)6月中村座の初演で五代目菊五郎が髪結新三を演じ、江戸前のすっきりとした芸風と写実の演技で当たり役としました。さらに六代目尾上菊五郎が練り上げて持ち役とし、当代の尾上菊五郎も継承しました。

今回、五代目以来受け継がれてきた新三に、菊五郎の監修の下、尾上菊之助が初役で挑みます。

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あらすじ・見どころ

新三のいなせな風情と
江戸の情緒

髪結新三は、材木問屋白子屋(しろこや)の娘・お熊に婿入りの話があることを聞きつけ、お熊と恋仲の手代・忠七に駆け落ちを唆します。新三は忠七を利用してお熊を誘拐し、身代金を得ようと企んでいました。お熊を長屋の押し入れに閉じ込めた新三は、白子屋の依頼でお熊の身柄を引き取りに来た俠客・弥太五郎源七(やたごろうげんしち)の談判をはねつけますが……。

主人公の新三は廻り(出張専門)の髪結い。「白子屋」では、手代の忠七の髪を撫で付け、鮮やかな手さばきを見せます。「永代橋(えいたいばし)」では、悪の本性を顕して忠七を打ち据えると、傘に因む言葉が織り込まれた“傘尽くし”の啖呵を切ります。黙阿弥作品ならではの七五調による名台詞は小気味良く、聞きどころです。「新三内(しんざうち)」では、初鰹に大金を払って気風の良さを見せるとともに、白子屋の娘お熊を引き取りに来た名うての親分・弥太五郎源七を威勢よくやり込めます。悪の凄みを見せる一方で、老獪な家主・長兵衛(ちょうべえ)には歯が立たないという一面も面白く描かれています。

作品を通じて、江戸の市井の風俗が写実的に描写されている中で、粋でいなせな新三が様々な表情を見せ、その魅力的な人物像が際立ちます。