平成29年11月歌舞伎公演

2017年11月3日(金・祝)~26日(日)

見どころ・あらすじ

主な出演者

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ご観劇料

特別席 12500円(学生8800円)1等A席 9800円(学生6900円)1等B席 6400円(学生4500円)2等A席 4900円(学生3400円)2等B席 2700円(学生1900円)3等席 1800円(学生1300円)

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予約開始 10月6日[月]午前10時~窓口販売開始 10月7日[火]午前10時~※窓口販売用に別枠でのお取り置きはございません。
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国立劇場11月歌舞伎公演 沓掛時次郎 三幕 長谷川伸=作 大和田文雄=演出 釘町久磨次=装置

斬った男の妻子を連れて放浪の旅に出る時次郎。渡世の義理と男の純情――股旅物の傑作。

『沓掛時次郎』は、長谷川伸(はせがわしん)による〈股旅物〉の代表作で、昭和3年(1928)に雑誌『騒人』に発表、同年12月に帝国劇場の新国劇で初演されました。歌舞伎では、昭和9年に歌舞伎座で十五代目市村羽左衛門が時次郎を演じて以降、新歌舞伎のレパートリーにも取り入れられました。

信州沓掛出身の博徒を主人公に、人生の裏街道を歩く男の真心と哀愁が、人間味に溢れた筆致で綴られています。本作の主人公・時次郎とおきぬは、作者の若い頃に父が家に連れてきた土工の男と身重の女をモデルにしています。

今回、中村梅玉の沓掛時次郎を始め、中村魁春の三蔵女房おきぬ、尾上松緑の六ッ田の三蔵ほか好配役でご覧いただきます。

[あらすじ]

一宿一飯の義理で六ッ田の三蔵(むつだのさんぞう)を斬った博徒の沓掛時次郎は、命を狙われた三蔵の女房おきぬと息子の太郎吉(たろきち)を助けて旅を続けるうち、いつしか二人に愛情を抱きます。おきぬは三蔵の子を身籠っていましたが、病床に就きます。堅気になったものの貧苦に喘ぐ時次郎は、金策のため、一度限りという条件で喧嘩の助っ人を引き受けます。果たして、時次郎とおきぬ母子の運命は……。

写真提供:一般財団法人新鷹会

作者|長谷川伸(1884-1963)

明治17年(1884)、横浜の土木請負業の家に生まれる。4歳の時に父母が離婚し、母とも生き別れ、やがて家業倒産や一家離散に遭う。貧困のため小学校を退学し、様々な仕事に就きながら独学で勉強を続ける。明治44年に都新聞(現・東京新聞)の記者となり、大正12年(1923)に発表した『夜もすがら検校(けんぎょう)』が出世作となり、文筆活動に専念するようになる。

昭和3年(1928)に『沓掛時次郎』が新国劇で上演された後、歌舞伎や新国劇を中心に戯曲も手掛け、『瞼(まぶた)の母』や『一本刀土俵入』などを発表。〈股旅物〉を開拓し、劇作家としての地位を確立する。同時に、小説でも『紅蝙蝠(べにこうもり)』や『戸並長八郎(となみちょうはちろう)』が好評を得て、大衆文学を代表する作家となる。多くの後進を育成したことでも有名である。

[見どころ]

寄る辺なき妻子に尽くす沓掛時次郎の俠気(おとこぎ)と純情

三蔵を斬った時次郎は、おきぬと太郎吉にまで白刃を向ける博徒たちから二人を守り、共に放浪の旅に出ます。

中仙道熊谷宿で、寒さ厳しき中で門付けをして回り、連れ立つおきぬと太郎吉に温かい情愛を見せます。

一度は博徒の世界から足を洗った時次郎でしたが、やがて身重のおきぬが病床に就き、貧苦に迫られて金策のため密かに喧嘩の助っ人を引き受けます。病床のおきぬは時次郎との別れ際、時次郎が無事に帰ることを願い、しおらしさを見せます。

太郎吉を連れて再び旅に出る時次郎。おきぬを追慕し、「俺も逢いてぇ、逢ってひと言、日頃思ってた事が打ち明けてえが―未来永劫、もうおきぬさんにゃ逢えねえのだ 」と哀愁を漂わせます。

  • 十五代目市村羽左衛門の沓掛時次郎(昭和9年7月歌舞伎座)
  • 三代目市川寿海の沓掛時次郎と三代目中村芝鶴の三蔵女房おきぬ(昭和16年6月明治座)
国立劇場11月歌舞伎公演 坂崎出羽守 四幕 山本有三=作 二世尾上松緑=演出 中嶋正留=美術

燃え盛る大坂城から千姫を救った武将・坂崎出羽守。千姫に寄せる想いと苦悩の行方は……。

『坂崎出羽守』は、山本有三(やまもとゆうぞう)が六代目尾上菊五郎のために書き下ろした史劇で、大正10年(1921)に雑誌『新小説』に発表、同年9月に市村座で初演されました。

坂崎出羽守(坂崎成正(なりまさ))は、戦国時代から江戸時代前期に実在した武将です。一説によれば、元和元年(1615)大坂夏の陣の際に、徳川家康の孫娘・千姫(豊臣秀頼の正室)を大坂城から救い出しましたが、その後、千姫を巡って騒動を起こし、自刃したと言われています。この逸話を題材に、山本有三は自由に創作し、坂崎の屈折した心理を、巧みな場面構成の中で細緻に描いています。

今回、中村梅玉の徳川家康を得て、六代目菊五郎から二代目尾上松緑、初代尾上辰之助(三代目松緑)と引き継がれた坂崎出羽守に当代の松緑が初役で挑みます。

[あらすじ]

津和野の城主・坂崎出羽守は、大坂夏の陣で千姫を猛火の大坂城から救い、自らは顔に火傷を負います。救出した者に千姫を嫁がせるという家康の言葉を信じた坂崎。しかし、千姫が坂崎を嫌うので、家康は一計を案じます。坂崎は一旦はあきらめましたが、千姫が桑名城主の嫡男・本多平八郎に嫁ぐことを知って……。

写真提供:公益財団法人三鷹市
スポーツと文化財団

作者|山本有三(1887-1974)

明治20年(1887)、栃木の呉服商の家に生まれる。明治44年(1911)に初の戯曲『穴』が雑誌『歌舞伎』に掲載されるなど、早くから劇作家としての才能を発揮する。東京帝国大学に進学後、大正3年(1914)には、豊島与志雄・菊池寛・芥川龍之介・久米正雄らと共に第三次『新思潮』を創刊する。

大正後期には、『生命の冠』が明治座で上演されたのを皮切りに、『嬰児殺し』『坂崎出羽守』などを発表し、劇作家としての地歩を固める。『坂崎出羽守』は六代目尾上菊五郎の初演で好評を得る。

大正末期からは小説にも取り組み、『女の一生』『真実一路』『路傍の石』などを発表し、国民的作家となる。

[見どころ]

剛直な武将・坂崎出羽守に芽生えた恋心と意地

大坂夏の陣による大坂城落城の折、猛火の中から決死の覚悟で千姫を救い出し、顔に火傷を負った坂崎。ところが、家康から約束されていた千姫の輿入れがならず苛立ちを募らせ、悲惨な末路を辿っていきます。

千姫を護送する船中では、千姫との距離を縮める本多平八郎に嫉妬心を抱き、対抗意識を燃やしますが、大人気ない振る舞いをしてしまい、「ああ今日は何故こんなことをしてしまったんだ……」と苦しい胸の内を表します。

その後坂崎は、千姫の出家を告げられて一旦は縁談を諦めますが、尼になるはずの千姫は本多家に輿入れすることに。千姫の嫁入り行列を目の当たりにして胸が張り裂けそうになり、行列へ乱入します。「今夜にも討手の者が向かうであろう。そうしたら、この火傷の首を上使の者に渡してやれ」と悔しさを滲ませながら、静かに切腹の座に就く姿が胸を打ちます。

  • 六代目尾上菊五郎の坂崎出羽守(大正13年10月市村座)五代目中村福助の千姫(昭和4年3月新橋演舞場)