歌舞伎公演ニュース

2017年11月14日

【11月歌舞伎】『沓掛時次郎』の作者、
長谷川伸ゆかりの地訪問記(神奈川県横浜市)

 11月歌舞伎公演で好評上演中の『沓掛時次郎(くつかけときじろう)』の作者・長谷川伸のふるさと横浜をくろごちゃんが訪問しました。みなとみらいの横浜ランドマークタワー前に現在は「ドックヤードガーデン」として残る旧横浜船渠第2号ドック。このドックで少年時代の長谷川伸は働いていました。当時の横浜の様子を資料とともに辿り、創作の秘密の一端を解き明かします。

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沓掛時次郎に扮したくろごちゃん
沓掛時次郎に扮したくろごちゃん

ドックヤードガーデン
ドックヤードガーデン(旧横浜船渠第2号ドック)
提供:横浜ランドマークタワー

(⌒v⌒):11月に入って寒くなってきたけど、みんな元気? くろごちゃんだよ! 今日は『坂崎出羽守』の作者・山本有三さんのゆかりの地訪問記に続き、『沓掛時次郎』の作者・長谷川伸さんのふるさと横浜にやって来たよ~。

付き人:『沓掛時次郎』と言えば何度か映画化されているし、演歌でも親しまれている名作だね。他にも長谷川伸さんと言えば『瞼(まぶた)の母』など哀愁に富んだ作品が多いよね。どうやって、こうした数々の名作が生まれたんだろう?

(⌒v⌒):長谷川伸さんは、幼い時にお母さんと生き別れてしまうんだ。このことが『瞼の母』にも反映されているそうだよ。そして貧しさのため、小さい頃から色々なところで働いていたんだよ。

付き人:幼少の頃から人生の辛酸を舐めていたんだね(涙)

大正14年(1925)の第2号ドック 提供:三菱重工業(株)横浜製作所
大正14年(1925)の第2号ドック
提供:三菱重工業(株)横浜製作所

昭和5年(1930)の横浜ドック風景 提供:三菱重工業(株)横浜製作所
昭和5年(1930)の横浜ドック風景
提供:三菱重工業(株)横浜製作所

(⌒v⌒):ここ「ドックヤードガーデン」は、もともと船の修理などをする場所(ドック)だったんだ。長谷川伸さんは、このドックの建設現場で働いていたんだって。自伝で「第二号ドックの周囲の石の壁はその一つずつが誕生の日から二日か三日ずつ残らず新コ(※長谷川伸の自称)が撒いた水を受けたものばかりです」(『ある市井の徒』)と回想しているよ。作家の吉川英治(1892-1967)さんも隣の第1号ドックで働いていたらしいよ。

付き人:へえ~、このドックの石の壁を長谷川少年が手入れしていたのかあ! なんだか一気に親しみが湧いてきたよ~!!

明治29年(1896)3月29日ドック建基式 提供:三菱重工業(株)横浜製作所
明治29年(1896)3月29日 第2号ドック建基式
(これから石積みの施工をするに当たり、安全を祈願し、神事をとり行うもので、
このなかには長谷川伸少年も入っていると思われる)
提供:三菱重工業(株)横浜製作所

明治29年(1896)12月2号ドックゲート(扉船)組立風景
明治29年(1896)12月 第2号ドックゲート(扉船)組立風景
(当時、三菱合資会社長崎造船所に発注したもの)
提供:三菱重工業(株)横浜製作所

(⌒v⌒):長谷川少年は、こうしたドックの建設現場での雑用をはじめ、料理屋の出前持ちなど、色々な仕事に就いて経験を積んでいったんだ。振り仮名付きの新聞を読んで漢字を学び、芝居小屋の絵看板を見て美術のセンスを磨いていたらしいよ。ボクも見習ってもっと勉強するぞ!

付き人:そうした汗と涙が数々の名作に結晶化しているんだろうなぁ……




作者|長谷川伸(1884-1963)
 明治17年(1884)、横浜の土木請負業の家に生まれる。4歳の時に父母が離婚し、母とも生き別れ、やがて家業倒産や一家離散に遭う。貧困のため小学校を退学し、様々な仕事に就きながら独学で勉強を続ける。明治44年に都新聞(現・東京新聞)の記者となり、大正12年(1923)に発表した『夜もすがら検校(けんぎょう)』が出世作となり、文筆活動に専念するようになる。
 昭和3年(1928)に『沓掛時次郎』が新国劇で上演された後、歌舞伎や新国劇を中心に戯曲も手掛け、『瞼の母』や『一本刀土俵入』などを発表。〈股旅物〉を開拓し、劇作家としての地位を確立する。同時に、小説でも『紅蝙蝠(べにこうもり)』や『戸並長八郎(となみちょうはちろう)』が好評を得て、大衆文学を代表する作家となる。多くの後進を育成したことでも有名である。(写真提供:一般財団法人新鷹会)


付き人:ところで、長谷川少年が暮らした当時の横浜はどんな街並みだったのかな?

(⌒v⌒):ここに昔を偲ばせる絵葉書があるよ。ほら、とても賑わっているでしょ。

付き人:わあ! きっと長谷川少年も、こうした通りを闊歩していたんだろうね!

大正中期の横浜伊勢佐木町の賑い
明治末・大正期の横浜伊勢佐木町の賑い
画像:NYPL Digital Collections

関東大震災から復興した横浜の街並み
関東大震災から復興した横浜の街並み
画像:NYPL Digital Collections

(⌒v⌒):ちなみに『沓掛時次郎』の主人公・時次郎とおきぬのモデルは、長谷川伸さんのお父さんが家に連れてきた人たちなんだって。自伝に「主人公の男と女とは、父が親方の卵を孵えらせている頃、どこで見掛けてだか家へつれて来た徳ときぬという二人、それを素材の素材にしたものでした」(『自伝随筆 新コ半代記』)とあるよ。

付き人:そうだったのかあ~。生まれ育った横浜で得た見聞や経験がやっぱり作品に投影されていたんだね!

横浜元町前田橋
横浜元町前田橋
画像:NYPL Digital Collections

長谷川伸の生誕の地の碑(横浜市中区日ノ出町長者橋脇)
長谷川伸の生誕の地の碑(横浜市中区日ノ出町長者橋脇)

付き人:ところで、くろごちゃん、『沓掛時次郎』の「沓掛」って何?

(⌒v⌒):軽井沢の隣にあった宿場の名で、今は中軽井沢と名を変え、避暑地として有名だよ。

付き人:へえ~、地名だったんだね。しかも軽井沢の隣! 東京から行きやすいところだね。

(⌒v⌒):うん。ちなみに股旅という言葉は、旅から旅を股にかけるという意味の造語なんだって。舞台では中村梅玉さんが、そうした放浪の旅を続ける渡世人の姿を哀愁たっぷりに演じているよ。なんと梅玉さんの追分節が聞けちゃうんだ!!

付き人:何度見ても時次郎の心意気には惚れ惚れするよ~。ぜひたくさんの人に舞台の感動を味わってもらいたいな~!

(⌒v⌒):そうだね、みなさんも『坂崎出羽守』とあわせて新歌舞伎の名作二篇をぜひ楽しんでね!!

序幕(四) 再び家の外
中村梅玉の沓掛時次郎(『沓掛時次郎』序幕(四)再び家の外)
(♡v♡):梅玉さん、カッコ良い~!!



11月歌舞伎公演は、26日(日)まで
12時開演 但し、10日(金)・17日(金)は午後4時開演

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