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国立文楽劇場

文楽観劇

Bose

とあるつながりで、なんの予備知識もないままいきなりの文楽観劇、そしてこの執筆という流れなのですが、おつきあいよろしくお願いします。スチャダラパーというラップグループでラップをしているBose(ボーズ)というものです。名前の由来は、別に実家がお寺だとかというわけではなく、単に坊主頭だったからというようなことなんですが…というか、どのへんから話したらよいものか、あまりに普段いるフィールドから遠いので、少し動揺しておりますが、なんとか頑張ります。

「人形浄瑠璃」と聞いて、「あー、あの顔が小さい感じの人形を何人かで動かすやつ?」というようなイメージまではなんとなく浮かびましたが、それで、どういうお話をやるのか?とか、台詞はどうなってるんだっけ?とか、観る前にはホントに?マークだらけでした。そのぐらいの初心者だったので、今回サマーレイトショーで観た『曾根崎心中』は、すごく分かりやすく、いろいろと興味深い演目でした。

初心者としてまず驚いたのは、大夫と三味線だけですべての音を作っていくというシンプルな構成ですね。あの大きな舞台を埋める音をたった2人で出すというのは、いきなりすごい緊張感がある。音楽のライブでもギターの弾き語りとかありますけど、アンプで無理に増幅しているわけでもない音と声だけでやるとなると、観る方もぎゅっと集中しますから、ミスが許されなくなると思うんですよね。その緊張感の中、流れるように唄い語る大夫の声は、さながらビートボックスのシンプルなビートだけでラップして会場をロックするするラッパーのようで、その瞬間その場を支配するのは大夫の声のみ、まさに大夫インザハウス状態。

次にビックリしたのは、単純に人形遣いの数の多さですかね。メインの人形は3人で操るので、立ち回りがある激しいシーンなんかだと、舞台いっぱいになるほどの男性が、どたんばたんと大暴れって感じで、観始めてすぐは、人形はともかく、「足を踏んだりしないのかな?」とか「舞台に出たり引っ込んだりのとき、ぶつかったりして大変そうだな」みたいなことばかり気になってしまいました。

ただ、それが観ていくうちにどんどんお話に引き込まれて、人形しか見えなくなってくるのを体感した時がいちばん「おおぉ!」となりましたね。恐ろしいことに、今思い出しながら頭の中に浮かんでいるお芝居の印象的なシーンの中に、人形遣いの人がいなかったような感じがするんですよね。人形と人が3人ぐらいのかたまりとしては浮かんでくるんだけど、存在がまったくないというか。それぐらいちゃんと、いい意味で「消えていた」ということなんでしょうね。

お題が、当時すごく流行った「心中もの」だったというのも興味深かったですね。「心中もの」が流行るってどういう感じなんだろう?っていう。文楽というのは、街で暮らす人たちが普通に楽しむような娯楽だったのだろうから、現代に置き換えるとテレビドラマとか、ベストセラー小説みたいなものですよね。ドラマなんかだと、「主人公の女の子が不治の病」とかいうベタな流行があったりするじゃないですか?挿入歌は平井堅で。小説だったら、「実は腹違いの兄弟で多重人格者だった妹の猟奇殺人」とかね。子どもの頃に受けた虐待のトラウマが原因で、とかいう流行。

まあ、時代は違えど、そういうみんなから親しまれるテーマが「心中」だったっていうのが、なんだか「おおらか」でいいし、分かりやすい。「来世で結ばれるために心中する」っていうのは、もちろん哀しいんですけど、哀しさの向かう対象がまだまだ単純だし、潔いというか。これが現代の社会みたいに、「抗おうにもその糸口すら見えない巨大なシステムに対してのモヤモヤとした憤り」とかになってくると、どうしても分かりにくいし、ポップじゃないですからね。

自分たちがやっている音楽やなんかとは、全然違うものではあるんですが、観客がいる前で舞台に立つ「演者」という意味では、大夫や三味線や人形遣いの方たちと、自分も同じような立場なんだなぁと思うような部分はたくさんあって、いろいろな意味で勉強になりました。そういう感覚で観ると、現代の音楽も芝居も伝統芸能も実はあんまり変わらなくて、ようは「面白いかどうか」だけなんですよね。また機会があったら違う演目もぜひ観てみたいです。

余談ですが、国立文楽劇場がある日本橋のあたりに、現代における人形の代名詞とも言える、「美少女フィギア」を売っているようなお店がたくさん集まっているのも、なんかの因果なんだろうな、というのは感じました。

もし今、「魔法少女のフィギアをリアルに操って、壊滅に瀕した世界を救うみたいなストーリーを表現するような集団」が現れたら、それは何百年後かに、今の「文楽」みたいなものになっているのかも知れないな、というような妄想を膨らませたりしながら、地下鉄に乗って帰りました。

■Bose(ボーズ)
スチャダラパー(ラップグループ)のメンバー。京都精華大学准教授も務める。1969年生まれ。1994年、小沢健二と共演した「今夜はブギー・バック」が50万枚を超える大ヒットとなる。1994年より5年間フジテレビ系『ポンキッキーズ』にレギュラー出演。岡山県出身。

(2012年7月23日『曾根崎心中』観劇)