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国立文楽劇場

ちょっとしたものの言い方

くまざわ あかね

前に、東京の演芸関係の方から言われて印象的だったのが「大阪の人としゃべってると、ホッとするんですよ。言葉に裏表がなくて本音でしゃべってくれますもんねぇ」ということ。「大阪の人」とおおざっぱにくくってしまうのはいかがなものか、とは思ったのですが、自分の体験を考えてみても、たしかに東京よりは大阪の人のほうが、本音でしゃべっている部分が多いような気はします。少なくとも、お隣の京都人みたいに「このお座布あてとくれやす、遠慮せんとどうぞどうぞ…いやっ、ほんまに座らはったわ」と、罠をしかけて相手を突き落とすようなことはしません(これも偏見ですが)。

ひとくちに「本音」といっても、ただただ思っていることを口にすればいい、ってなもんでもなく、見たまま思ったまま友人に「あんたちょっと肥えたんちゃう?」なんて言おうもんならケンカ売ってるの? となること必須です。 相手を傷つけないよう、うまーく立てながら、言うべき意見はぬるりと混ぜ込む。大阪の人は昔から、そんな本音の「言い方」「伝え方」がうまいんだなぁということを強く感じたのが、今回の「夏祭浪花鑑」であります。

たとえば「釣船三婦内の段」での、三婦とお辰の会話。三婦の女房から「磯之丞さまを預かってほしい」と頼まれ、二つ返事で「いいですよ」と胸を叩いたお辰に対し、三婦は「そんなことされたらわしの男が立たん」と猛反対します。 このときのお辰の返答がいいんですよね。『無理に頼まれたうて言ふではないが、わしがその人預かればお前の男の立たぬはどうして』。自分からしゃしゃり出て引き受けたいわけじゃないけれど、と前置きするところに、お辰という女性の聡明さが表れています。こんな女性なら預けたっていいのに、と思いきや、三婦が反対するのは「若い女性に若い男を預けて、万が一間違いが起こってはいけないから」。 考えてみれば失礼な話です。夫のある女性に「間違いが起こる」ことを前提にお断りするわけですから。実のところ、お辰さんというよりは、磯之丞さまのほうがアホで助平なボンボンだから心配、という理由があるにせよ、です。 「間違いがあったら困る」とそのまま、ストレートに伝えてしまっては、お辰が気を悪くするのは間違いない。そこで三婦は『(旦那も、なぜ若い女房に若い男を預けたのだと)思ひはせまい、思ひはせまい、がまた思ふまいものでもないて』『こなたに限って、さうしたことはあるまい、あるまいけれど(中略) また疑ふまいもんでもない』とのらりくらり、お辰の怒りの矛先をかわしながら、自分の意見を押し通します。 とかく大仰だと言われがちな「義太夫」ですが、この細やかさ、リアルさといったら! 古典落語の中にまぎれこんでいてもおかしくないようなセリフです。また、このあたりの住大夫さんの語り、声のトーンと緩急とが自由自在でおそろしいほどの説得力がありまして、わたしがお辰だったら「そうですね、じゃ」とそのまま説得されて帰ってしまいそうなほど。実際には、お辰が自らの顔を傷つけることで、男を預かる覚悟のほどを見せる、最高にかっこいい場面となるわけですが。

ストレートに本音をぶつけないのは、悪役の義平次もしかり。「長町裏の段」にて団七にお金を要求する場面、こんな悪役ならハッキリクッキリ「さっきの金、三十両よこさんかい!」と、言ってもよさそうなものですが、「兄ぃ、暑いのう」「そなたは定めて、嬉しかろうのう」と、それまでの悪行がウソのように相手のご機嫌を取り始めます。 これ、分かるんですよね。たとえば友人に貸していたお金の催促をするとき「ええっと、そのう…」と口ごもってしまうことってないですか? お金に関する話って、なぜかストレートにズバンと切り出しにくい。そのあたりの機微を、こんなお爺の悪役に言わせてお客の笑いと共感を得る、というのも、なんとも心憎いところです。また、卑屈に機嫌を取っていた分、お金がないと分かったときの怒りも増すというもの。

そこから、物語は「チキチンチキチンコンコン」というだんじり囃子とともに、凄惨な舅殺しの場面へ、となるわけですが、ラスト、祭りのにぎわいにまぎれて走り去る団七とともにサーッと幕が閉まり、詰めていた息をほぅ、とほどいてまわりを見れば…お客さんがみんな、ニコニコ笑っています。同じ人が死ぬのでも、「はぁぁ」とため息ついてしまう心中ものの幕切れとはえらい違いで、「よかった」「スッキリした」とカタルシスが会場中に満ち満ちている…。こうなったら関西人のデトックスの場として、「夏祭」は毎年上演してもいいんじゃないかと思ったのですが如何。

■くまざわあかね
落語作家。1971年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、落語作家小佐田定雄に弟子入りする。2000年、国立演芸場主催の大衆芸能脚本コンクールで、新作落語『お父さんの一番モテた日』が優秀賞を受賞。2002年度大阪市咲くやこの花賞受賞。京都府立文化芸術会館「上方落語勉強会~お題の名づけ親はあなたです」シリーズなどで新作を発表。また新聞や雑誌のエッセイ、ラジオ、講演など幅広く活動。著書に、『落語的生活ことはじめ―大阪下町・昭和十年体験記』、『きもの噺』がある。大阪府出身。

(2013年7月28日「金太郎のおおぐも退治」「瓜子姫とあまんじゃく」・7月31日「妹背山婦女庭訓」・
8月5日「夏祭浪花鑑」観劇)