50周年記念公演ニュース

2017年02月07日

中村吉右衛門ら出演者が
3月歌舞伎公演『通し狂言 伊賀越道中双六』の
記者会見で意気込みを語りました

 1月27日(金)、国立劇場開場50周年記念3月歌舞伎公演『通し狂言 伊賀越道中双六』の記者会見を行いました。

 今回上演する『伊賀越道中双六』は、平成26年12月当劇場で「岡崎」を中心とする通し狂言として上演されて高い評価を受けた舞台の待望の再演です!主人公の唐木政右衛門を勤める中村吉右衛門を始め、前回の出演者が再び集まり、さらに86年ぶりの「円覚寺」の復活など、台本や演出を新たに練り上げて上演します。
 記者会見では、出演者が公演に向け、意気込みを語りました。



(左より)尾上菊之助、中村又五郎、中村歌六、中村吉右衛門、中村東蔵、中村雀右衛門、中村錦之助

 中村吉右衛門(唐木政右衛門)


 前回は平成26年12月、昨日のように思っておりましたら、あっという間に足かけ3年も経ってしまって、月日の経つのは早いなとつくづく感じております。その時は、「岡崎」が44年ぶりの上演であったため、過去に初代(中村吉右衛門)や実父(初代松本白鸚)が演じた際の「見たまま」(舞台上演の様子を詳細に記した記事)や舞台写真などを手がかりに、芝居を創っていきました。もちろん、当時と全く同じようにはできませんが、逆に今の我々の個性が出たのではないかと思います。

 今の時代で「仇討ち」はできませんが、家族を失った悲しみや憤りという気持ちはいつの世にもあると思います。「仇討ち」の芝居の根本には、人の生命を奪った者に対して「無念を晴らしたい」という現代にも通じる思いがあります。劇中で政右衛門は、「仇討ち」のために我が子を犠牲にするという尋常ならざる選択をします。そうまでしても成し遂げなければならなかった「仇討ち」が、最後にようやく果たされ、お客様が心からよかったと思える。本当によく描かれた戯曲だと思います。

 初代や実父からは「お客様の心の中に染み入るような芝居をしなさい」と伝えられ、そういう教えに則ってずっと修業し、芝居を続けてきました。作品そのものが巧みに作劇されていれば、役者の工夫で、そのような演技ができるのではないかと思っています。
 その教えに従ってこの名作を上演させていただき、作品としても演技者としても、ある程度の評価を得られた。そこが今度の再演につながったのではないかと考えております。

 国立劇場開場と同じく、私が吉右衛門を襲名してからも、50年でございます。国立劇場とは常に一緒に歌舞伎を勉強してきたという気持ちがあります。とても深い縁を感じます。




 中村東蔵(幸兵衛女房おつや)


 本当にあっという間の再演です。評判になった作品の再演では、初演をご覧になったお客様はまた観たいと思って来てくださるでしょうし、初めての方は「どんな舞台なのかな」と期待なさると思います。さらに責任も増えますので、その期待に応えられるようにしたいと思っています。こうしてまた同じメンバーで上演できることも本当に嬉しく思います。

 国立劇場は50周年を迎えましたが、開場当時、私は結婚した直後だったな……と思い出します。初めて出演させていただいたのは『義経千本桜』(昭和43年3月)でした。50年というと色々な出来事がありますけれど、やはり国立劇場というと、若い頃から良い役をさせてもらえた貴重な劇場だったという思いがございますし、ずいぶんと様々な役をさせてもらったことを良く覚えております。



 中村歌六(山田幸兵衛)


 国立劇場開場50周年記念の最後の公演が、締め括りに相応しい作品となりますよう、一所懸命勤めたいと思います。
 前回の「岡崎」は44年ぶり、戦後3回目の上演でしたので、「失敗したらえらいことになるぞ。この芝居が今後お蔵入りになったら大変だ」という気持ちでした。好評をいただき、こうして再演が叶ったので、今回は、それに応えなければいけないという、また違ったプレッシャーをひしひしと感じています。
 「岡崎」の復活は、手がかりになるものが少なかったため、文楽の義太夫節を聴いたり、古い写真を見たりして、自分で組み立てなければならず、苦労でもあり、また面白みでもありました。難役と言われる役ほど、楽しめたらいいなと思っています。

 国立劇場には、その昔、若手歌舞伎俳優の勉強会「青年歌舞伎祭」というものがございまして、「杉の子会」という公演で、私は、ここに並んでいる又五郎、錦之助さんや、十八代目勘三郎さん、時蔵さんたちと一緒に、大きな役を勉強させていただきました。有難く思っています。


 中村雀右衛門(政右衛門女房お谷)


 前回出演した時は芝雀でございましたが、今回は雀右衛門と名前が変わりまして、より一層精一杯勤めたいと思います。
 お谷は非常に哀れな女性ではありますが、夫や子供のことを思っていますし、また、父親の仇を討つという思いも強く持っています。そうした意味では芯の強い女性で、どんな艱難辛苦も乗り越えていきます。
 お谷の境遇は現実にはあり得ないことかもしれませんが、それが人の心情としてお客様に伝わるように勤めていきたいと考えております。

 国立劇場では、歌舞伎鑑賞教室でいくつか大きな役を勤めさせていただき、それらが印象に残っております。また、私がまだ子どもの頃、父(四代目雀右衛門)が国立劇場に出演後、車で一緒に帰っている時に、「ああ、今日の芝居は良かった」などと言っていたのを覚えています。


 中村又五郎(佐々木丹右衛門、奴助平)


 この作品の一番の悪は「沢井股五郎」ですが、私は「良い又五郎」でございます(笑)。この50周年記念の締め括りに出演させていただき、有難く思っております。
 前回が約3年前ということで、ご覧になるお客様の記憶がまだ確かな中での再演ですので、前回よりも良くなったと思っていただけるような舞台を勤めたいです。

 50年前の開場記念公演『菅原伝授手習鑑』(昭和41年12月)で「寺子屋」の小太郎を勤めさせていただきました。その当時、子ども心に「大きな劇場だな」「広い廊下で綺麗だな」と思いながら通っておりました。夏の「杉の子会」を何年間も続けさせていただいたり、歌舞伎鑑賞教室では大きなお役を数々やらせていただいたり、有難かったです。


 中村錦之助(沢井股五郎)


 私が勤めるのは「悪い股五郎」でございます(笑)。今回は86年ぶりに「円覚寺」が復活され、この場では沢井股五郎の一層卑劣な性格が描かれております。前回出し切れなかった腹の底からの卑劣さに徹することができるよう、そして、討たれて皆の苦労が報われたと思われるような股五郎を創っていきたいと思っています。

 私も子供の頃に国立劇場での「杉の子会」という勉強会で、先輩方から沢山の事を教えていただきました。本当に色々な勉強をさせていただき、有難い50年でした。


 尾上菊之助(和田志津馬)


 前回と同じお役をいただき、「岡崎」を中心とした濃密なドラマの中にまた身を置くことができて、大変幸せに思っております。
 志津馬という人物が原因でこの仇討ちの物語が始まりますが、仇討ちに突き進んでいる中、「新関」や“相合傘”(「岡崎」の前半部分)で恋模様を演じるという責任も担っております。前回も、相手役のお袖を勤める米吉さんと、どのように演じるかを相談して色模様を作っていきましたが、新たな気持ちで役作りをしていきたいです。
 今回は「円覚寺」から出させていただきますが、これから仇討ちに向かうという気持ちを一層克明に作り上げ、さらに気を引き締めて演じたいと思っています。

 国立劇場では、お正月の公演で、色々なお役をやらせていただいたり、自分にはない引き出しを教えていただいたりしています。また、大劇場のロビーにある六代目尾上菊五郎の鏡獅子の像(平櫛田中作)に、「一生修業を忘れるのではないぞ」と戒められているような気がします。


 開場50周年記念公演を締め括るにふさわしい3月歌舞伎公演『通し狂言 伊賀越道中双六』。
 現代にも通じる人間ドラマが描き込まれた歌舞伎屈指の名作を、どうぞお見逃しなく!

 
3月歌舞伎公演 3月4日(土)~27日(月) チケット好評発売中!

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